「うたたね」「翠雨」「玉響」「逢瀬」……和菓子は「手のひらの小さなキャンバス」|藤原夕貴『和菓子と言の葉』
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2022/04/25

『和菓子と言の葉』
藤原夕貴/著

 

 

可愛らしく、それでいて優雅な和菓子はページをめくっているだけで楽しいし、和菓子につけられた名前に目をやると、その内に秘められた四季折々の情景や、それを生みだした職人の感性が、浮かび上がってくる。

 

詩と和菓子のレシピを融合させたような本書は、普段はグラフィックデザイナーとして企業のブランディングなどを行う著者が、自由な発想をかきたてるデザインの余白に魅せられて作りだした和菓子が収められている。

 

それぞれの和菓子に言葉が添えられると、そよ風や花の香り、朝夕と変わる空の色、色づいた木々、葉にたまった水滴、喚起された幼い日の記憶……といったいくつもの情景が、ひとつひとつの和菓子と一緒に想起される。菓銘(和菓子につけられた名前)には「うたたね」「ほころび」といった馴染みのある言葉もあれば、「翠雨」「玉響」「閑花」など想像をかきたてるものもある。どれも日本語の美しさを感じられる作品ばかりだ。

 

「食すものでありながら、うつろいゆく季節や情景を映し出す小さな絵画のような世界観を持つ和菓子。この手のひらサイズの小さなキャンバスの中に、いったいどれほどの世界を体現することができるのか。」

 

たとえば「逢瀬」と名付けられた胡桃餡の練切りは、笹の葉をイメージした鮮やかな緑色が目をひく和菓子。透明な錦玉羹を生かし、紅い尾びれをひらひらさせた金魚を閉じ込めた涼し気な「たゆたう」。胡桃と無花果をもなかの上に乗せた「木の実降る」など、四季折々の物語を紡ぐユニークな一品がそろっている。菓銘とは、和菓子のコンセプトをひと言で表現した作品のタイトルにあたるもの。とてもシンプルな言葉だが、見る者がどう解釈するかで数えきれないほどの物語を生みだすという。

 

「心に留めておきたい言葉を拾い集め、和菓子を通してその言葉たちに輪郭を与えていくこと。見る人との間に物語を紡いでいくこと。」

 

本書を読んでいて気付くのは、菓銘には自然の美しい風物、花鳥風月にまつわる言葉が多いということ。日本語には「薫風」「凩」「花信風」など雨や風にまつわる言葉も多く存在する。美しい日本語に自然と共存し、四季のうつろいを感じてきた人びと暮らしぶりが重ねられる。季節だけでなく、実際に目にしたアートや工芸、美術作品から和菓子作りの着想を得ることもあるという。日常の美しい瞬間を和菓子に刻み、和菓子をとおして自然や光りを受けとる。その和菓子を彩る器にも、著者のこだわりがある。写真も美しく、まるでページから甘い香りが漂ってくるよう。

馬場紀衣(ばばいおり)

馬場紀衣(ばばいおり)

文筆家。ライター。東京都出身。4歳からバレエを習い始め、12歳で単身留学。国内外の大学で哲学、心理学、宗教学といった学問を横断し、帰国。現在は、本やアートを題材にしたコラムやレビューを執筆している。舞踊、演劇、すべての身体表現を愛するライターでもある。
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和菓子と言の葉

和菓子と言の葉デザイナーが紡ぐ四季の物語

藤原夕貴

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