『宗歩の角行』著者新刊エッセイ 谷津矢車
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ryomiyagi

2022/05/18

生酒を呑もう

 

「酒を前に蘊蓄垂れるなんざインテリしぐさ」と言って憚らず、担当編集者さんに呑ます甲斐がないと笑われているもので間違いを書いてやしないかびくびくしているんですが、日本酒には生酒と言われるものがあるそうです。酵素を失活して変性を防ぐ火入れを省いて出荷されたお酒で、独特の風味があって美味しいとのこと。きっとわたしもそうと知らず呑んでいるはずですね。今度気をつけてみます。

 

歴史小説を作る作業は、酒造の工程と似ているところがあります。歴史上の人物や歴史的事件を自分の頭の中に取り込んで、ああでもないこうでもないと頭を悩ませ、小説の登場人物や事件として再構成する。それはさながら、米と酵素を混ぜて醸す酒造にも似た行ないです。そうして出来上がったものが嗜好品であるというところにも共通点がある気がしますがそれはさておき。

 

この度わたしが上梓した『宗歩の角行』、歴史小説としては変なことをやっています。歴史小説を書く際には、逸話や史料から浮かび上がる人物像を自分なりに膨らませて主人公を構築し、その上で物語を立ち上げていくものですが、今作は主人公像が必ずしも明確ではありません。最強にして謎だらけの将棋指し、天野宗歩の周囲にいた人々へのインタビュー集という形式を取り、少しずつ、宗歩という不可思議なる人の謎に迫っていきます。普段舞台裏でやっている主人公の肉付け作業を読者さんと共有する歴史小説なのです。期せずして今流行りの時代ミステリっぽくなった感もなきにしもあらずですが、わたしが志向したのは、生酒みたいな味わいを残した歴史小説だったのです。

 

谷津流生酒風歴史小説をどうぞ、と申し上げたいところなのですが、先に述べた通りの酒呑みなので、今度生酒を買ってきて、普通の酒との違いを吟味しようと思います。目指せ、違いの分かる大人。

 


『宗歩の角行』
谷津矢車/著

 

【あらすじ】
江戸末期に活躍した、天才棋士天野宗歩。五歳にして非凡な才能を発揮したが、勝ち負けと理のなかで酒に溺れ、賭け将棋に明け暮れた。実力十三段、のちに棋聖と呼ばれた孤高の勝負師の数奇な人生と謎めいた死に迫る、二十一人の証。異色の将棋小説。

 

やつ・やぐるま
1986年東京都生まれ。2012年「蒲生の記」にて歴史群像大賞優秀賞受賞。2013年『洛中洛外画狂伝狩野永徳』でデビュー。ほかに『刀と算盤』『北斗の邦へ翔べ』など。

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