『たこせんと蜻蛉玉』著者新刊エッセイ 尾崎英子
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ryomiyagi

2022/07/04

青春の呪縛からの解放

 

十代の頃に聴いた音楽は、耳に残り続ける。音楽だけでなく、その頃に経験したことは、良くも悪くも記憶に残り続けるものだ。たとえ輝かしい時間だったとしても、その眩しさに胸が締め付けられ、それによって苦しめられることだってあるだろう。

 

この物語の主人公にも忘れられない恋があった。シングルマザーの宇多津早織は隅田川の近くで不登校の息子と二人暮らし。死別した夫へのわだかまりを抱える一方で、高校時代に経験した恋の古傷を癒せずにいた。『元彼』である沢井文也をSNSで見つけてフォローしているのは、弔えないままの恋を引きずっているから。もっと言えば、四十二歳になった自分の現実からの逃避願望も入り交じっている。ひどく傷つけられたにもかかわらず、青春の呪縛から逃れられない。そんなある日、かつての恋の盤上に立っていた同級生、雨谷尚美と再会、早織は過去と向き合うことになるのだが……。

 

冒頭の話に戻ると、十代に傷つき、傷つけられた経験は、思いのほか深く残る。だけど年を重ねただけ大人になると、その傷跡も含めて、今の自分なのだとわかることがある。

 

ところで、タイトルにある「たこせん」だが、えびせんにたこ焼きを挟んだもので、関西ではよく知られたおやつだ。パリッとしたせんべいにたこ焼きを二個挟んで、ソースとマヨネーズを惜しみなく……。青春の舞台となる淡路島の、夏の浜辺で食べたたこせんの味が、主人公の早織には忘れられない。私も執筆中に食べたくなって、自家製たこせんを作ってみた。なかなかの出来だったが、早織が食べたもののほうがずっと美味しかったはずだ。あの時、あの場所で、あの人と食べたからこそ。

 

本を閉じた後、それぞれの「たこせん」が蘇るような、ノスタルジックな余韻を残すものに物語がなっていることを願う。

 

『たこせんと蜻蛉玉』
尾崎英子/著

 

【あらすじ】
夫と死別し、不登校の息子と暮らす早織。綱渡りのような日々を送るなか、早織には、淡路島ですごした高校時代の忘れられない恋があった。偶然の再会を機に、あの恋の結末にようやく向き合えた早織はー。傷つき、傷つけられた者たちへの赦しと再生の物語。

 

おざき・えいこ
1978年大阪府生まれ。早稲田大学卒業。2013年『小さいおじさん』でボイルドエッグズ新人賞を受賞しデビュー。著書に『有村家のその日まで』『竜になれ、馬になれ』『ホテルメドゥーサ』がある。

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