SNS時代の新・友情論|石田光規『「友だち」から自由になる』
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ryomiyagi

2022/12/21

 

友情について論じたもっとも古い言説は、古代ギリシアの哲学者プラトンが記した『リュシス』にまで遡ることができる。ここでプラトンは師であるソクラテスに「黄金よりもまずは友人を手に入れたいと思っている」と語らせている。弟子のアリストテレスも友人(友愛)を「われわれの人生に最も必要なもの」と述べている。日本人に目を転じても、友人関係に理想の姿を見いだしてきた点は変わらない。児童文学の翻訳で知られる村岡花子は自著『友情論』で友情を「人の人たるねうち」「奇蹟」と述べている。

 

友だちの在りかたは、時代と共に変化してきた。それでも、友人を「よきもの」とみなす傾向ははるか昔から変わっていない。しかし友人・友だちというつながりの在りかたは今と昔とでは根本的に異なっていると著者は語る。

 

友人が人間関係の理想像とみなされていた時代、友人はつながりの在り方の到達目標と捉えられていた。見知らぬ他人と友人関係になるのに長い時間を有するのは、それが付き合いを育むことでようやく得ることのできる奇蹟の産物だったからだ。だが一緒に育むことで成り立つ友人関係は、人間関係が固定されてはじめて可能となる。流動的で安定した人間関係が揺らいだ社会では、このようなつながりを育むことは難しい。

 

「流動性の高い社会で人間関係を確保するには、挨拶するだけの関係も友だちとしてキープしておかなければならない。現代社会を生きる私たちは、『よっ友』のように、つながりにあらかじめ『友人』『友だち』というラベルを貼り付け、つながりを確保しなければならないのである。さもなければ私たちには孤立が待ち受けている。」

 

人はかつて土地、河、農機具から食器にいたるまでさまざまのものを共有で使い、管理していた。人と人のつながりのなかに生活の必要性が埋め込まれていた時代には、人は特定の人と関わらざるを得なかった。経済成長を遂げ、物的豊かさを獲得し、多くのものが個人で所有できるようになった現代。わたしたちはそれぞれの情報端末を手中に、個々バラバラの生活を営む個人化した社会を生きている。

 

人間関係の自由度が増し、特定の人と付き合う強制力が弱まった結果、わたしたちは誰と付き合うかをある程度選べるようになった。こうした社会で人びとはどのようにつながりを自足できるか。ここに、友だちの息苦しさの正体が隠れている。

 

「つながりを意識的に調達しなければ、つながりの輪からあぶれてしまう社会では、まず、誰かと友人または恋人になる必要がある。誰かとの永続的な関係を望むのならば、私たちは、同じクラスなどたまたま居合わせた人に『友だち』という枠を当てはめ、その枠を維持するよう行動しなければならないのである。」

 

本書によれば、現代社会の友人関係は、まず友だちという枠をあてはめることから始まる。そして、その枠に合うように中身を調整することで関係は成り立つのだという。友だちを作ることへの緊張感。友だちといても埋められない寂しさ。孤立感。そうした悩みを抱えている人にとってこの本は助けになるかもしれない。読み終えて新しい景色の見えてくる本だ。

 

『「友だち」から自由になる』
石田光規/著

馬場紀衣(ばばいおり)

馬場紀衣(ばばいおり)

文筆家。ライター。東京都出身。4歳からバレエを習い始め、12歳で単身留学。国内外の大学で哲学、心理学、宗教学といった学問を横断し、帰国。現在は、本やアートを題材にしたコラムやレビューを執筆している。舞踊、演劇、すべての身体表現を愛するライターでもある。
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