akane
2019/03/20
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2019/03/20
日本で世界一の競争力を持つ産業は一体何でしょうか。
おそらく、多くの方は「自動車産業」と答えるのではないでしょうか。
たしかに、日本における自動車産業の存在感にはとても大きいものがあります。また、かつては家電産業と自動車産業の2本柱が世界的競争力を持つ代表的な産業でしたが、今日では家電がかつてほどの勢いを失った分、自動車産業にかける期待も一層大きなものになっているのかもしれません。
しかし、その自動車産業ですら、国別の生産高では多くの場合、米国の後塵を拝してきました。
しかし、この四半世紀、一貫して世界最大の生産高を誇ってきた産業があります。
それが工作機械作業です。
日本の工作機械産業は1982年に米国とドイツを抜いて世界一の生産高に躍り出て以来、2008年のリーマンショックまで、なんと27年間にわたって世界一の生産高を守り続けてきました。
現在では、中国が日本とドイツを抜いて世界一の生産高を誇っています。
しかし、これには理由があります。
リーマンショックが起こると、世界の主要各国は需要減少に対応するために大規模な財政出動や金融緩和に踏み切りました。その中で特に中国政府は、4兆元(当時のレートで約60兆円)もの膨大な景気対策を打ち出し、世界の需要を下支えしたのです。
その旺盛な公共投資やインフラ開発に後押しされて、中国の工作機械の生産高は世界一になりました。
しかし、その技術力では先進国とまだ大きな開きがあります。技術力の客観的評価は困難な側面があるので主観的評価にならざるをえませんが、中国を始めとする新興国メーカーの工作機械と日米欧先進国の工作機械の間には技術水準にまだ大きな格差がある、というのが現場を知る経営者の共通した認識になっています。
その意味では、日本の工作機械産業は、現在でも依然として「世界最強」といっても過言ではありません。
27年間もの長きにわたって世界一の生産高を守り続けた産業はこれまでにありませんでしたが、おそらく、これまでも生まれないのではないでしょうか。
また、輸出比率と輸入依存度の観点からも、日本の工作機械産業の国際競争力の向上を観察することができます。
日本の工作機械産業は、1950年代は欧米から多くの工作機械を輸入する産業でした。特に1955年頃の輸入依存度は、なんと5割を超えていました。しかし、1970年代から1980年代にかけて輸入依存度は低下していきます。その数少ない輸入元は、ドイツ、スイス、米国でした。日本のメーカーが手がけていないニッチな製品などを、これらの国から輸入していたのです。
輸入依存度の低下と相反するように急速に上昇していったのが、輸出比率です。特に1990年代以降は、生産高の半分以上を輸出する産業へと発展しました。
このように日本の工作機械産業は、生産高および輸出入比率両方の観点からも、1970年代後半から1980年代にかけて、その多くを海外に輸出できるだけの技術力を持った産業へと発展し、国際競争力を高めてきたことがわかります。(つづく)
※以上、『日本のものづくりを支えた ファナックとインテルの戦略』(柴田友厚著、光文社新書)から抜粋し、一部改変してお届けしました。
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