61組の家族、それぞれの「心の形」|藤代冥砂『NOW & THEN』
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BW_machida

2022/09/09

 

いいなぁ。いい本だなぁ、と素直に思わされた。ページをめくるごとに、自分が優しい気持ちになっていくのが分かる。装飾的ではないし、読者を驚かせるような斬新さもない。格好いい本というのでもない。むしろ、どちらかというと地味である。それでいて、素敵な本なのだ。ふとしたときに本棚から取りだして眺めたくなる、そういうことを繰り返してしまうだろうと予感させる本。

 

本書は写真家で小説家でもある藤代冥砂が出会った61組の家族のポートレイトを収録した写真集。『NOW & THEN』とタイトルにあるように、家族の今と前、その時々の幸福と家族の形を収めた一冊。

 

構図はとてもシンプルだ。産前に2人のポートレイトを撮影し、産後に今度は3人となった家族のポートレイトを撮影する。彼らの暮らす土地を2度訪れて、同じ風景を眺める。北は新潟から南は沖縄まで、日本各地を旅して出会った家族の姿がそこにはある。

 

 

「構図に凝らず、不要な意図を排し、被写体の心が整うのをふわりと待ち、妊婦さんと新生児への心身の負担を最小限にし(もちろん旦那さんにも)、撮りすぎず、撮らなすぎず、彼らの出産前後の貴重な時間を尊重し、丁寧に誠実にシャッターをさくさく切る。こういうことを134日繰り返して、この本に至った。」

 

そうして生まれたこの本は、派手ではないけれど、ずっと見ていたいと思わせる何かがある。ここに収められた写真たちにこれほど惹きつけられたのは、著者自身も語るように家族写真というものが「強くて、優しくて、儚い」のが理由かもしれない。「私は、撮りながら、いつもなぜか夜空を見上げているような気になっていた」と振り返っている。

 

 

産前の家族が他者に語らずとも胸のうちに抱えていた不安や葛藤、子どもやパートナーに向けられた溢れんばかりの愛。あるいは健やかに成長して欲しいと願う親心。そんな家族の心の形までもが写真から伝わってくる。何気ない日常の喜びを61組の家族と一緒にしみじみと噛みしめている気分だった。宝物のように大切にしたくなる、素敵な本である。

 

『NOW & THEN』
藤代冥砂/著

馬場紀衣(ばばいおり)

馬場紀衣(ばばいおり)

文筆家。ライター。東京都出身。4歳からバレエを習い始め、12歳で単身留学。国内外の大学で哲学、心理学、宗教学といった学問を横断し、帰国。現在は、本やアートを題材にしたコラムやレビューを執筆している。舞踊、演劇、すべての身体表現を愛するライターでもある。
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