akane
2019/04/26
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2019/04/26
そもそも仲村記者と私が「服の廃棄」の取材を考えるようになったのは、2017年の秋ごろだった。
「はじめに」で仲村記者が書いたように、私たちはその年の1月から、キャスターの国谷裕子さんがナビゲーターを務める「2030 SDGsで変える」というキャンペーン企画を朝日新聞で始めていた。
SDGsで掲げられている「貧困をなくす」「ジェンダー平等」「クリーンなエネルギー」などの目標はどれも私たち人間がこれから先、地球で暮らし続けていくためには必ず達成しなくてはならない重要なものだ。だが前述のように、こうした問題を、多くの読者が「自分ごと」として関心を持って読んでくれるか不安も抱いていた。
私自身がさらに心配だったのは、誰もSDGsを否定できない、ということだ。
そこに掲げられている一つ一つの目標を読めば、どれも「正しいこと」だとすぐ分かる。しかしただでさえ「上から目線」と思われがちな朝日新聞が「遠い世界」の「正しい話」を書いても、「押しつけがましい」と敬遠されたりスルーされたりしないだろうか。SDGsの大切さをちゃんと伝えられるだろうか。私にはそれが心配だった。新聞記者のくせに軟弱な、と思われるかもしれないが。
そんな思いが頭を離れなかった時に仲村記者が言い出したのが、「フードロスはだいぶ世間に知られるようになったけど、洋服も新品なのにたくさん捨てられているらしい」ということだった。
海外の報道などで、低価格のファッション消費を支えるために途上国の製造現場で劣悪な労働条件が強いられている現状があることは私も知っていた。ただ、ここ日本で新品の服が大量に捨てられているということは、それまであまり報じられていなかった。あれだけ大量の服が短いサイクルで入れ替わるのだから想像には難くないが、日本ではそれをまだ突きつけられたことはなかった。
廃棄の実態やその背景を記事で伝えることができれば、多くの人が「自分の服はどうやって作られているのだろう」と思いを馳せるかもしれない。誰もが毎日着ている服のことだから。そんな可能性を感じ、取材を始めたのだった。
「服の廃棄」の記事で私たちが必ず伝えたいと考えていたデータは、新品のまま廃棄される服の具体的な量だった。そのボリュームを示すことが、読者へ最も訴える力があると思ったからだ。
インターネットには、10億点や30億点、100万トンなどの数字が出ていた。ただいずれも、その根拠や算出方法ははっきりしなかった。家庭から出された中古の服が含まれている場合もあったし、国の関係機関のある資料では、こんな趣旨のことが書かれていた。
「アパレル企業などへのヒアリングによると、アウトレットなどで価格を下げても販売し、売れ残りを極力ゼロとしているため、廃棄処分される新品の量はゼロとした」
これでは埒が明かない。確かな統計が存在するのか国へ直接聞くしかないと思い、まずは環境省へ問い合わせた。
「探してみたけれど、新品の服の廃棄量だけ取り出した統計はありませんでした」
経済産業省も、生産量と輸入量を合計した服の「国内供給量」しか把握しておらず、「廃棄量や売れ残り在庫の統計はない」という回答だった。
それなら消費量(=消費者が購入した量)が分かれば、供給量から差し引くと、売れ残り在庫の量が出てこないだろうか。そう考えて探してみると、公的な統計で見つけることができたのは、内閣府の「国民経済計算年報」と総務省の「家計調査」から推定した「家庭消費規模」だった。日本繊維輸入組合が発表しているものだ。別の統計も利用して、点数ベースの消費量を推計した。
2017年は、供給量約38億点に対して、消費量は約20億点。売れ残った在庫の量は、差し引き18億点ほどと推計できた。2018年7月に掲載された新聞記事では、手堅く見積もって、私たちはこのように書いた。
新品衣料の売れ残りや廃棄の統計はないが、国内の年間供給量から年間購入数の推計を差し引くと十数億点にもなる。再販売される一部を除き、焼却されたり、破砕されてプラスチックなどと固めて燃料化されたりして実質的に捨てられる数は、年間10億点の可能性があるともいわれる。
仲村記者とアパレルの専門家に当たったところ、「供給量のおよそ4分の1が廃棄されているということは、現場の感覚からもずれていない」という証言も得られた。
新品衣料の廃棄をめぐる取材で直面した、なかなかたどり着けない廃棄現場と、はっきりしない統計。
統計が存在しないのは、国の問題意識もまだ明確に定まっていない「新しい問題」だったから、なのかもしれない。ただ、守秘義務の壁に阻まれた向こう側には、アパレル業界が社会に見せたくない「不都合な真実」が存在し、国にとっても明らかにするメリットを感じない「不都合な数字」だったのではないかという疑念は消えなかった。
もしかしたらそれは、ファッションの大量消費を享受してきた私たち消費者にとっても、見たくない現実なのかもしれない。そんなことを考えながら、私たちは取材を続けた。
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