2019/02/13
大杉信雄 アシストオン店主
『あなたがひとりで生きていく時に知っておいてほしいこと』文藝春秋
辰巳渚/著
「こんまり」こと近藤麻理恵さんの「片づけコンサルティング」がNetflixで公開されて話題になっている。近藤氏は著書『人生がときめく片づけの魔法』がベストセラーになった後、米国に渡って活動をされているが、その米国での活動をドキュメンタリー風にまとめたのがこの「KONMARI~人生がときめく片づけの魔法~」。近藤氏に自宅の片づけを依頼する家庭や家族の様子もさまざまだ。ある夫婦はアメリカにやってきた移民二世で、貧しかった子どもの頃に親が苦労して買ってくれたスニーカーのコレクションが捨てられず悩んでいる。またあるゲイのカップルは自分が自立し、良いパートナーに恵まれたことを伝えるために親を自宅に招きたいと考えている。背景にあるアメリカの現代を映している番組構成も観ていて楽しい。
その近藤氏が片付けに目覚めるきっかけとなったのが、辰巳渚の著書『「捨てる!」技術』と自著に書かれているが、その辰巳氏は突然、昨年2018年の夏に亡くなった。1冊の本を書き上げた後に亡くなったと報道されていたが、それが本書「あなたがひとりで生きていく時に知っておいてほしいこと――ひとり暮らしの智恵と技術」である。
2000年に刊行された『「捨てる!」技術』は100万部を突破したベストセラーであるが、モノの数を減らさずに工夫を凝らして綺麗に収納する、という従来の「お片づけの手法」とまったく違った視点が新鮮だった。つまり、暮らしの中にモノがあふれているのに「もったいない」という旧来の美徳が優先していることをまず指摘し、「モノを捨てること」を肯定してみてはどうか、と提案してみせた。そして「見ないで捨てる」「その場で捨てる」「一定量を超えたら捨てる」「定期的に捨てる」などのテクニックを示してみせた。「捨てなきゃいけない、これが現代に生きる私たちにとっての至上命題だ」と。「モノをいかに持つか」が大切であると。
この『「捨てる!」技術』に中学生で出会った近藤氏は自著でこのように書いている。「読書に熱中しすぎて、うっかり電車を乗り過ごしそうになりつつあわてて帰宅し、ゴミ袋を手に自分の部屋にこもること数時間。(中略)あまりの変化を前にして雷に打たれたような衝撃を受けた私は、その日を境にそれまで花嫁修行のつもりで取り組んできた料理や裁縫やその他の家事もそこそこに、片付けに没頭する人生を歩み始めたのでした」
『「捨てる!」技術』のヒットはその後、「シンプルに暮らす」ブームや断捨離ブーム、さらには現在のミニマリストブームとつながってゆく。かつての整理収納本と『「捨てる!」技術』以降のブームの大きな違いは、掃除や整理がその効能として自分を発見し、肯定することができる、という自己啓発的効用に着目したことだろう。日常生活や私的空間の見つめ直しは誰のせいでもない「自力」で成し遂げることであり、それを見つめ直すことは自分の力を信じることである、と。
ベストセラーを出した辰巳氏のその後の活動は「捨てる」や「整理術」に留まることなく、子どもの自立や社会へ旅立とうする若い人たちへのメッセージや指南書に向かうことは当然の流れだったのではないか。本書の冒頭には以下のような一節がある。
今、もしあながた「私は、料理が得意だから、ひとり暮らしでも大丈夫」と思っていたとしても、一食の料理をおいしく作る力と、毎日、他のこともしながら「朝は(昼は、夜は)何を作るか(食べるか)」を考え、冷蔵庫の中身と財布の中身を勘案しながら生活していく力とは、まったく違う力だといいうことにすぐ気がつくと思います。(中略)
一度でもひとり暮らしをしたことのある人は、生活の流れを把握し、自分が「いつ何をしたほうがいいのか」が分かるようになります。この流れを身につけられると、その後、あなたが誰かと一緒に暮らすことになっても、家事や育児を上手に分担しながら、生活を共に築くことができるようになるはずです。
本書のあとがきには辰巳氏の長男が言葉を寄せているが、この本が書かれた時期はちょうど彼が大学に入学し、1年と少し経った頃であったことが分かる。本書はタイトルからも分かるがひとり暮らしを始める人とその親御さんに向けて書かれた本であるが、おそらく実際に自身の手元から巣立って行こうとする息子へのメッセージの意味を込めて書かれたのが本書なのであろう。本書を実用書として読むことだけでなく、モノや生活にまつわる自己啓発ブームの行方を考える上で、辰巳渚が何を考えていたかを知ることのできる貴重な一冊である。
『あなたがひとりで生きていく時に知っておいてほしいこと』文藝春秋
辰巳渚/著