2019/04/02
小池みき フリーライター・漫画家
『長浜高校水族館部!』講談社
令丈ヒロ子/文 紀伊カンナ/イラスト
「『水族館部』か、非現実的だけど小説としては面白そう」
この本を最初に書店で見たとき、反射的にそう思った。恥ずかしながら、現実の高校をモデルにした物語だということを知らなかったのである。
が、事実を元にした物語だということがわかってがぜん興味がわき、購入して読んだ。作者は、映画化もされた大ヒット児童小説『若おかみは小学生!』の令丈ヒロ子氏。大人ならばすぐに読み終わってしまうボリュームの子ども向け小説ではあるものの、いやはやこれが予想外に面白い。
先に紹介しておくと、長浜高校水族館部は、愛媛県大洲市長浜にある実在の県立高校だ。そして日本で唯一、「高校内水族館」を有する高校でもある。驚くべきことに、校内でカクレクマノミやウツボなど、約150種2000匹以上の生き物を飼育しているのだ。毎月第三土曜日に行われる一般公開イベントは大人気で、その日は全国から500人もの客が訪れるという。
そして、生き物たちの餌の世話から水槽の掃除、繁殖、イベント運営までを一手に引き受けているのが「水族館部」だ。専門的な知識がないと飼育できないような生き物も、彼らは部員から部員へ知恵を引き継ぎながら守り育ててきた。
部内は「研究班」「繁殖班」「イベント班」の三班に分かれていて、あるものは生き物の生態を調べて論文を書き、あるものは飼育生物たちの繁殖に取り組み、あるものは水族館の来場者に楽しんでもらうためのさまざまな企画を練る。生き物の命を預かっているという責任の重みも含め、大人たちが運営している水族館とまったく遜色ない、連帯と冒険の世界がそこには広がっているのだ。ちなみに研究に関しては、日本学生科学賞をはじめとしたさまざまな賞に入選するなど、国内屈指の輝かしい評価を受けている。
この部活動の中で起きるさまざまな「事件」を、主人公(これは実在の人物ではなくフィクションのキャラクター)目線で追っていくのが本作だ。
読み始めは「若干のストーリーはありつつ、事実が淡々と羅列されていく感じの話なんだろうな」と思ったし、実際に進み方は淡々としている。ところが、その淡々と繰り出されるエピソードの数々–主人公が出くわす「事件」というのが、どれも私の想像を超える内容で、いちいち「えっ、それどうなるの」と引っ張られずにいられない。
だって、「ハマチに輪くぐりの芸を仕込んだらそれを聞きつけた秋篠宮様が見に来られることになってしまい、多大なプレッシャーを感じつつ準備を進めていたらなんとそのハマチが死んでしまった」なんてピンチ、普通に生きていて遭遇しますか。想像を絶するとはこのことである。もちろん、エピソードはすべて実際に起きたことをモデルにしているとのこと。
生き物を愛する高校生たちの探究心の深さと知性、水族館への愛には心打たれるばかりだ。部員たちが「研究の結果、クラゲはイソギンチャクと同じく水中にマグネシウムイオンが多いと毒針を出さないことがわかったので、そのメカニズムを応用してクラゲ予防のクリームを作ろう」なんてことを話し合っている場面を読んだりすると、「私ももっと真面目に勉強して、地道な蓄積の中からひらめきを生み出さなければ……」と謙虚な気持ちになる。
ところで本書を読み始めたとき私が一番気になったのは、「そもそもなぜこの高校には水族館部なるものが生まれたのか」。読み進めるうちに、そのルーツが長浜の歴史にあると知った。
長浜には昭和10~61年にかけて、四国初の水族館である「長浜町立長浜水族館」があった。1935年当時の町長であった西村兵太郎氏が、「子どもの教育に大事だから」という考えで設立した水族館で、閉館後、その志を長浜高校が継いだのだという。
子どもの教育に大事–その一言を見て思い出したのは、自分自身が子どもの頃に行った、名古屋港水族館や鳥羽水族館のことである。私は根っからの文系気質で、生き物の研究に携わるようなことは一度もなかったけれども、多様な生き物の姿に触れたその思い出は、「自分以外の生命への、少々の畏怖を含んだ敬意」として、今も自分の糧になっていると信じて疑っていない。「そうだ、水族館は大事だ」と、故西村町長を強く支持したくなる。
現在長浜は人口減少が続いており、長浜高校も廃校の可能性を常に抱えている。でもそんな中、水族館部の取り組みのユニークさや評価の高さが、この高校の存続を、ひいては町全体の活気を支えているそうだ。すばらしい意欲を持った次世代への尊敬の念が高まるとともに、この社会における文化施設の役割についても改めて痛感させられる一冊である。
『長浜高校水族館部!』講談社
令丈ヒロ子/文 紀伊カンナ/イラスト