2019/04/03
高井浩章 経済記者
『天皇陛下の私生活 1945年の昭和天皇』新潮文庫
米窪明美/著
半藤一利の「日本のいちばん長い日」など、終戦の年である昭和20年(1945年)の昭和天皇と周辺の言行を記録した読み物はおびただしくある。本書のユニークさは、その激動の1年を「観察期間」としながら、あえて天皇家という特殊なファミリーの日常生活にフォーカスしたところにある。この「激動の中の日常」というギャップにあふれる着眼点と、丁寧で温かい筆致によって、人間・昭和天皇と香淳皇后の魅力、あまり知られることのない宮中の生活・儀式を知る上質な読み物になっている。
本書の冒頭、昭和20年の元旦は未明の空襲警報から始まる。敗色濃厚だった当時の戦況を手際よくまとめたあと、筆者はすっと天皇・皇后の住まいだった「御文庫」の寝室の描写へと移る。元日の神事「四方拝」の準備に追われる臣下たちと、身支度する昭和天皇の様子が丹念に描かれる。そこに鳴り響く空襲警報。儀式は場所や装束、様式も変更を余儀なくされる。
この導入部のように、悪化する戦況のなかで、神事や伝統、天皇一家の生活がどんな影響を受け、40代前半だった昭和天皇がどんな思いで未曽有の国難の時期を過ごしたのか、生活ぶりからそれがにじむように、筆者は丹念にエピソードや談話が拾い上げていく。
読者は、宮中生活の雰囲気とリズムをつかんだうえで、3月の東京大空襲、5月の空襲時の宮殿の焼失、8月の終戦時の玉音放送の録音盤争奪を狙ったクーデターなど歴史的な節目で、昭和天皇がどう動き、宮中がどんな様子だったかを知ることになる。天皇家と臣下がつくるファミリーのヒューマンストーリーとしての「終戦の年」には、淡々とした歴史書や政治・軍事の視点に重きを置いた既存の「昭和天皇モノ」とは違った読み味がある。終戦後、皇室の存亡をかけた占領軍との交渉の内実も、舞台裏から見るような新鮮さを感じた。
こうした歴史的なイベント以外の部分、たとえば夫婦としての天皇・皇后の温かい関係や、父としての昭和天皇の「わがまま」なエピソード、食材が調達できない宮中の苦しい台所事情と物資を独占していた軍部の食糧の豊富さのコントラストなども興味が尽きない。
平成の世が終わろうとする今は、「天皇家とはどんなファミリーなのか」を知る良い機会だろう。そのテキストの一候補に加えてみてはどうだろうか。
『天皇陛下の私生活 1945年の昭和天皇』新潮文庫
米窪明美/著