2019/04/04
藤代冥砂 写真家・作家
『言葉の品格』光文社
イ・ギジュ/著 米津篤八/訳
読書家は、自分の選書眼に少なからず自信を持っていることが多い。書店では、他人の肩の間をすり抜けて本の呼び声を聞いたり、表紙に一目惚れして、この本こそが私を待っていた一冊だと、少々上気しつつレジへと悠々と進む。
かくいう私もそういう一人であるが、もちろん選書眼がしくじることもあるし、その逆に何の期待もしてなかった一冊に心奪われることも、実は少なくない。
隣国韓国でのベストセラーと知り、ちょっとした好奇心で開いた『言葉の品格』。タイトルの既知感からも、過度に期待はしていなかったのだが、結果として、私のお気に入りの一冊なり書棚に並ぶことになった。
はたして「品格」という言葉の意味や、それが醸し出す雰囲気に対して、今の日本人がどれだけ反応するのだろう?
著者は、冒頭でこう記している。
何気なく口にした一言に品格が現れる。
その人だけの体臭、その人が持つ固有の香りは、その人が使っている言葉から匂い立つものだ。
特に目新しくない考えのようだが、体臭と言葉の並びは平凡ではなく、うっかり見落とすことができない。読了して、ここが肝だった知った。
日本人は古くから「言霊」という言葉と概念を身近に置いてきたので、この記述をすんなりと受け入れやすいと思う。言葉には魂があるというやつだ。なので、言葉の選び方によってその人が現れる、というのも大方の人はすんなり納得するだろう。言葉は単なる記号ではないと、身体感覚として日本人は受け入れているからだ。
言葉の品格についてとはいえ、本書は、単に美しい言葉の使い方について述べているのではなく、また、敬語の正しい用い方の指南書でもない。言葉を一旦ここでは上辺(うわべ)とするならば、その出処である心の在り方や、整え方、作り方、扱い方など、つまり本書は、実は内面の品格についてのエッセイ集である。
語り口は柔らかく、視点は一般人のそこにあり、過不足ないシンプルな風通しのよい文章は、上質の白いシャツに袖を通す時の心地よさと愉しみがあり、するすると読み進められる。言葉の品格というタイトルの作品だけに、当然ながらこの一冊に品格があるのだ。
序文のタイトルになっている「言葉にも帰巣本能がある」という考えは、続く本文の中から抜粋すれば「人間の口から生まれた言葉は、口の外に出た瞬間、そのまま流れて消えてしまうのではない。巡り巡って、いつか再び、言葉を吐き出した人の耳と体に染み込んでくる。」となる。川を遡るサケのようにである。品のある言葉は自分に戻り、それとは真逆の陰口などの言葉も自分にいつかは戻る。
またこんな記述もある。「私が何気なく言った一言に、品性が表れる。いくらきらびやかな語彙と話術で言葉の外皮を飾ってもしかたない。自分だけの香り、自分が持っている固有の人香(ひとか)は、明らかに自分が使っている言葉から匂い立つものだ。」普段使いの言葉にこそ、その人が見えるというのは、ファッションと同じかもしれない。
大統領府のスピーチライターをしていた著者は、今でも書店に行けば、別の作家の新刊書を必ず買うという読書家でもある。言葉を愛する人であり、本を愛する人であり、読書を愛する人である。
何が言いたいかというと、一冊を読み終える頃には、知識を充填した満足感よりも、いい読書をしていい時間を過ごした優雅な喜びに浸れるのが本書である。サンドイッチ好きが営む店のサンドイッチは美味いということだ。そして品格のある言葉を用いる品格のある内面を保ちたいという思いが、まるで夕日を眺めている時のように、読後、遠くからこちらへと射してくる。
―今月のつぶやきー
自分でHPを製作中です。フリーのソフトを使ってますが、快調。未発表のアートよりの作品を沢山盛り込む予定です。
『言葉の品格』光文社
イ・ギジュ/著 米津篤八/訳