akane
2018/08/30
akane
2018/08/30
自殺しちゃいかん。命は大切なんだよ。
最後の力を振り絞って、彼はメッセージを発してくれた。
どんなことがあっても生きるんだということをしっかりと自分の胸に持って、それをどんどん広げてもらいたい。苦しい時は自分ひとりで我慢するんじゃなくて、まわりの仲間に助けを求めなさい。その中で、新しい友情が育つ。お互いが声をかけあって、心の輪をつくってもらいたい。
心の輪。いい言葉である。心の輪をつくるためには、相手の話を聞くことが大切である。共感しながら聞いてあげるとお互いの信頼感が高まる。
命あるものは必ず死が訪れることを、彼は子どもたちに鮮烈な形で教えてくれた。
この五日後、彼は亡くなった。このビデオが、彼の最期の言葉となった。彼が、生で子どもたちに話してくれるはずだったができなくなった。それでも、ぼくは子どもたちを連れて、予定どおりブース記念病院へ出かけた。
彼はこの世にもういないが、彼の心意気を子どもたちに伝えたかった。残された時間がわずかなのに、君たちのために彼は大切な時間を使ってくれたのだと、子どもたちに伝えたかった。
亡くなる数日前に撮ったビデオを見せた。子どもたちは泣きながら、江戸っ子の言葉を聞いた。
「ありがとう」の言葉が心をあたためてくれる
緩和ケア病棟のカンファレンスルームを使って行なった授業には、ご遺族の方も参加された。容態が急に悪化して、家族にありがとうを言うチャンスはなかった。ビデオに最期のありがとうが残された。
ぼくはご遺族にお礼を言った。「彼の心意気で大切な時間を和田小の子どもたちにくださいました。ありがとうございます」。
奥さんが答えてくれた。
「子どもたちのお陰で、最高のプレゼントをいただきました。夫は子どもが大好きな人でした。夫にとっても良い時間だったと思います。家へ最後の外泊に来ている時に具合が悪くなり、あわてて病院へ戻り、そして亡くなりました。夫は最後の話をしたかったのに、直接私たちに話すことはできませんでした。今日このビデオを見て、夫の気持ちがよくわかってうれしかったです。ずっとやさしい人でした。最後までやさしい人でした。夫が『ありがとう』の言葉を残してくれましたが、私たち家族も夫に『ありがとう』です」
なんとも感動的な授業になった。
たくさんのありがとうが交差している。教室に戻ると、十時間で学んだことを子どもたち全員が振り返り、心に残ったひと言を教壇に立ってメッセージを伝えてくれた。
「自分の命を大切にしようと思います」
「生きます。どんな嫌なことがあっても生きます」
「ありがとうという言葉を大切にします。亡くなった職人の方は、亡くなる直前に家族にありがとうと言い、私たちにまでありがたいと言ってくれました。私たちこそありがとうです」
一人ひとりがすばらしいコメントを残してくれた。
二日間の命の授業は終わった。最後にぼくはこんな言葉で締めくくった。
「楽しかった。また来ます。さようなら」
教室のドアを出る時にもう一つ言葉をつけ加えた。ぼくのラストメッセージ。
「ぼくの言葉を聞いてくれてありがとう」
・・・・・・・・・
脳卒中のおばあちゃんが十六年間のつらい人生を、楽しくするために生きているのよと語ってくれた。大人たちはもっと人生を語らないといけない。子どもたちに人生を本気で語ることが大事なんだ。
しばらくして、江戸っ子の奥さんから手紙をもらった。「ありがとう。ありがとう」が何度も書かれていた。ぼくたちこそ「ありがとう」なのに。
ありがとうがあふれていれば、獣は暴れださない。
そう、ぼくは確信した。悪魔ばらいの魔よけの札を見つけた。
それは「ありがとう」だった。
ありがとうが冷えた心をあたためてくれる。
脳卒中で重い障害があっても、がんで死んで逝く時も、毅然と生きぬく人がいる。金融危機ぐらいでオタオタせず、ていねいに自分の命を生きぬけばいいのだ。
聞くことは人生を豊かにしてくれる。聞くことには力がある。よいカタチで聞いてあげることによって相手に生きる力を与える。聞くことによって自分の生きる力が増える。
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