2019/06/28
金杉由美 図書室司書
『夢も見ずに眠った。』河出書房新社
絲山秋子/著
旅で始まって旅で終わる。
これは沙和子と高之の12年間にわたる物語だ。
まだつきあい始める前、学生だったころの高之の一人旅。
夫婦喧嘩をしながらの旅。
沙和子の単身赴任によって別居している中、久しぶりの旅での再会。
北へと、南へと、さまざまな旅で綴られる物語だ。
学生時代からの長い付きあいで、互いの長所も短所も知り尽くし理解しあっていたふたり。
でも仕事や病気が少しずつ彼らの距離を引き離していく。
最初は何ということもないすれちがいだったはず。
次の機会にしっかりと手を繋ぎなおせば大丈夫だったはず。
愛情がなくなったのではなく、ちょっと疲れただけ。
自分の気持ちがうまく言葉にできず、淋しさや虚しさが胸の中にふくらんで、相手を優先する余裕を失ってしまった。
「どうしてこんなに離れてしまったんだろう」
並走する電車に乗っていると、同じ速度のうちは窓からむこうの車内の様子が見えるのに、スピードが違っていくと見えなくなる。
そんなふうな、行き違い。
いつの間にか生きるスピードが違ってしまった。
嫌いじゃないのに。側にいたいのに。想っているのに。
でも、もう、お互いが見えない。
微笑みながら寄り添って歩いた懐かしい街。
あの人を思い出しながら独りで歩く知らない街。
人生という長い旅の中で、ふたりは巡りあい、離れ、すれちがう。
人は、どんなに淋しくても、その心の空白を独りで抱えて生きていくしかない。
自分の哀しみは自分だけで背負っていくしかない。
そのどうしようもない大きな孤独に心が震える。
だけど愛する人とともに観た風景の記憶は、心のどこかで輝いている。
今はもう過去へと走り去った出来事も、ただ消え去ってしまったわけではない。
ひとつひとつがやり直しのできない大切な一度きりのエピソード。
どの旅も特別な旅だ。どの思い出も特別な思い出だ。
そのすべての瞬間が愛おしい。
そう気がついたとき、曲がりくねったトンネルを抜けて、明るい景色が広がる。
読み終えたとき、誰かと旅に出たいと思った。
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『平場の月』光文社
朝倉かすみ/著
中学生のときに擦れ違い、五十路を迎えて再会した二人。
語りきれない語りたくないほどの過去があり、未来を安易に約束できるほどの自信もなく、若い頃とは違うとまどいと懼れに揺れる。
それでも共に過ごせた日々は決して無駄ではない。
平場から見上げる月は、静かに彼らを照らす。
人生を共に旅していく上での「寄り添う距離」について考えさせられる物語。
『夢も見ずに眠った。』河出書房新社
絲山秋子/著