2019/07/01
高井浩章 経済記者
『紛争地の看護師』小学館
白川優子/著
「国境なき医師団」で活動する日本人看護師の話題の手記は、私にとって期待したテーマに対する満額回答以上の読書、そして意外な面で深く考えさせられる読書になった。
まず感想より先にお伝えしておきたい。この本はできるだけ多くの人に読まれるべきだ。多少なりとも国際問題や人道支援に関心のある方なら必読書、そういった分野を身近に感じられない人にとっては最高の入門書といえる。そして、若者にとっては職業観、「天職とは何か」という問いに1つの答えを示してくれる読書になるだろう。
著者・白川優子はシリア、イラク、イエメン、南スーダンと、世界でももっとも人道危機が深刻な現場に、8年間で17回も派遣されている。しかも、すべて自然災害ではなく、内戦や紛争という「人災」によって起きた危機の現場だ。このキャリアだけみれば、著者は「歴戦の勇者」であり、実際に多言語をつかい、手術室看護師として各地で活躍するプロフェッショナルだ。
だが、著者は使命感をもった特別な若者だったわけではない。ごく普通の家庭に育ち、「近隣で制服が一番かわいい」という理由で地元の商業高校を選び、平凡な学校生活を送っていた。そして、周囲が就職活動を始めた高3になってようやく、友人の「私ね、看護師になりたいの」という一言を耳にして、「私も!」と叫ぶ。「やっと分かった。やっと出会えた」。著者はこう記している。まさに天職との出会いだったのだろう。
その後、働きながら定時制看護学校に通い、経験していない「英語力ゼロの26歳」は海外留学に踏み切り、30代半ば過ぎにして7歳のときにテレビ番組で見た憧れの「国境なき医師団」に参加する。「ようやく私の人生の本番がスタートした」という言葉が重い。この半生記のパートのエネルギーには圧倒される。
現場の経験をつづるパートも得難い一次情報で、期待を超える質の高いルポとなっている。戦地での「国境なき医師団」について私は、メディアや「国境なき医師団」自身が発信するニューズレターを通じて、一通りの知識がある。その過酷さと献身は、人間の最良の部分の表出であり、最大の敬意をもっている。特に紛争地という「人災」の現場では、人間の最悪の部分と強烈なコントラストを放つ。
このパートでは同時に、読者は前線の過酷な活動に耐える著者の強靭さ、ときに恋愛関係よりも人道支援に重きを置く使命感の強さに、驚くに違いない。そこには天職に出会えた者がもつ充足感と、その天職が過酷なものであったときの人生の在り様が克明に描かれている。読者は「なぜ、そこまでして」という問いを何度も発することになるだろう。
いとうせいこう氏のルポ、『「国境なき医師団」を見に行く』とあわせて、できるだけ多くの方に手にとってほしい一冊だ。
『紛争地の看護師』小学館
白川優子/著