日本人にされかけたアイヌと、ロシア人にされかけたポーランド人。人間の生の根源に感動する歴史大河小説『熱源』

竹内敦 さわや書店フェザン店 店長

『熱源』文藝春秋
川越宗一/著

 

 

私事だが、父が樺太生まれの北海道育ちなので、自分にはアイヌの血が流れているのだとひそかに誇らしげに勝手に思い込んでいた。眉毛だって太いし。父方の祖母がクマさんみたいな顔してたし。だからアイヌの話というだけで本書を手に取るきっかけには十分だった。

 

東北にもアイヌ語地名としての名残はあるが、あの広大な北海道はかつてアイヌ民族の土地だったのだ、ということをあらためて考えた。進んだ文明ではなかったかもしれないが、独自の文化や風習、言語で彼らなりの生活を確立していただろう。

 

そこにおそらく交易相手でしかなかった和人が武器をひっさげて土地を奪ったのだろう。和人が欲するままに土地は奪われ続け、同化の名目のもとに文化や風習も捨てさせられたのだろう。アイヌにとってはきっと選択肢はあまりなかったのだ。

 

この小説は実在したアイヌ人ヤヨマネクフが主人公。親友のシシラトカ、南極探検隊の白瀬、アイヌ研究者の金田一京助、ポーランド人アイヌ研究者ブロニスワフ・ピウスツキなど史実に基づく人物が登場する歴史小説。

 

ヤヨマネクフの人生が、第二次世界大戦前後の世界の混乱と、ドイツとロシアの狭間で苦しむポーランド人と、日本とロシアの狭間に立たされたアイヌ民族の受難とリンクして、相当な波乱万丈、理不尽な苦難の連続である。それでも生き抜こうとする姿勢が、あまりにも感動的に描かれているものだから、もう感動しないひまがない。どえらい大河ドラマがあったものだ。タイトルの「熱源」の意味にこちらの胸も熱くなる。

 

ヤヨマネクフをはじめそれぞれの登場人物たちの生きざまに感動させられるわけだが、「生きる」ということを考えさせられる。自分が若い頃、今思えば現実逃避だったのだが、生きる意味というものを探し求めた。

 

なぜ生きるのか、生きる意味がなければ生きていても仕方がない、と。結局見つからず環境も変わり日常にのまれ深く考えなくなったが、「熱源」を読んだ今なら言える。生きることに意味なんか必要か?無いなら無いでいいじゃないか。なぜ生きるって?それは今「生きている」からだ。今生きているから生きるんだ、と。あめんぼじゃないけど、単純明快なことだ。

 

読後、アイヌについて少し調べてみたら、アイヌ人の特徴に手指の指紋にウズマキは少ない、とわかった。自分の指紋を見たら、10本が10本ともウズマキだった。自分はアイヌではなく、和人だったのか、と少し落胆し複雑な思いにもなったが、かといって本書の価値が揺らぐことは一切無い。

 

『熱源』文藝春秋
川越宗一/著

この記事を書いた人

竹内敦

-takeuchi-atsushi-

さわや書店フェザン店 店長

声に出して読んだら恥ずかしい日本語のひとつである「珍宝島事件」という世界史的出来事のあった日、1969年3月2日盛岡に生まれる。地元の国立大学文学部に入学し、新入生代表のあいさつを述べるも中退、後に理転し某国立大学医学部に入学するもまたもや中退、という華麗なるろくでもない経歴をもって1998年颯爽とさわや書店に入社。2016年、文庫のタイトルを組み合わせて五七五を作って遊んでいたら誰かが「文庫川柳」と名付けSNSで一瞬バズる。本を出すほどの社内のカリスマたちを横目で見ながら様々な支店を歴任し現在フェザン店店長。プロ野球チームでエース3人抜けて大丈夫か?って思ってたら4番手が大黒柱になるみたいな現象を励みにしている。

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