この本と出合った数日後、仕事部屋の窓際には五点の多肉植物とサボテンが居座っていた

藤代冥砂 写真家・作家

『多肉植物全書』グラフィック社 
パワポン・スパナンタナーノン、チャニン・トーラット、ピッチャワ・ワッチャジッタパン/著 飯島健太郎/監修 大塚美里/訳

 

本が入り口となって、その趣味の世界へと入っていくことがある。

 

多肉植物は、随分前から気になっていた。だが、なんとなくその先へと進めないでいた。子供が小さかったり、ペットが室内にいるために、トゲのあるサボテンは敬遠気味だった。その点で、多肉植物は安心感があった。ぷるるっと丸く張りのある姿は、ユーモラスで、癒し効果も感じられた。

 

だが、なかなか手が伸びずにいたのは、その世界の奥深さを察して、怯んでいた感もある。はまったら最後、おそらく一生の趣味になってしまうのではないか、いや、そうせざるを得なくなるほど魅力的で奥深いのは良いのだが、家を留守がちな自分の手におえるのだろうか、という現実的な憂慮もあった。

 

タイのパワポン・スパナンタナーノンさんの著名な『サボテン全書』は観葉植物店などで目にして知っていた。サボテン好きの人でなくても、黒バックを用いて撮影された美しい写真に魅了された人も多い名作である。

 

その見事な本と並んで、さらに厚みを増した『多肉植物全書』を書店で見つけた時には、思わず、はっとして書棚から奪うように抜き出して開いたことを今でもよく覚えている。見つけた瞬間に、買わなきゃ、と思わせる本との出会いは、本好きにとっては、最高の瞬間だ。

 

新たに二人タイ人の著者を加えて、三人となった執筆陣は、おそらくとんでもない情熱家だと言える。

 

刷新された分類法に基づいて、目の眩むような種類の多肉を整理し直し、最新の情報を加味し、美しい写真を撮影し、時に原産地の自生状態を撮影するために多くの国を旅したのだから。

 

それは、倒壊した巨大図書館の本を、棚づくりから始めて、新たにインデックスを作り、再び書棚に戻すような途方もない作業であっただろう。

 

私は、本書の厚み、内容、写真、全ての迫力に圧倒されつつ、書店で棒立ちになってしまった。やっぱり、そうだった。この多肉の世界は迂闊に手を出すべきではない領域だと、確信しつつ。

 

だが、時すでに遅し。二キロはあろうかという本を手に、レジへと向かってしまった。これはもう事故なのだから仕方がない。避けきれないのだ。

 

クレジットカードで支払いを済ませることは常なのだが、七千円を超える値段は、その支払い法がより相応しく感じた。

 

自宅に戻り、うっとりと写真を眺め、原産地に思いを馳せ、栽培法を精読し、リビングのテーブルにどんと陣取る存在感に痺れつつ、いい買い物だと自惚れた。

 

そして数日が過ぎた。

 

地元の愛好家の店から、吟味して一点購入し、さらにひとつずつ精選して、自宅に連れ帰ることを繰り返し、現在五点の多肉とサボテンが仕事部屋の窓際に居座っている。

 

それらは、「多肉植物全書」がなければ、うちに住むことはなかった。本は人の心だけでなく、手足も動かすことを、改めて自ら知ることになった。心地よく清々しい影響である。

 

『多肉植物全書』グラフィック社 
パワポン・スパナンタナーノン、チャニン・トーラット、ピッチャワ・ワッチャジッタパン/著 飯島健太郎/監修 大塚美里/訳

この記事を書いた人

藤代冥砂

-fujishiro-meisa-

写真家・作家

90年代から写真家としてのキャリアをスタートさせ、以後エディトリアル、コマーシャル、アートの分野を中心として活動。主な写真集として、2年間のバックパッカー時代の世界一周旅行記『ライドライドライド』、家族との日常を綴った愛しさと切なさに満ちた『もう家に帰ろう』、南米女性を現地で30人撮り下ろした太陽の輝きを感じさせる『肉』、沖縄の神々しい光と色をスピリチュアルに切り取った『あおあお』、高層ホテルの一室にヌードで佇む女性52人を撮った都市論的な,試みでもある『sketches of tokyo』、山岳写真とヌードを対比させる構成が新奇な『山と肌』など、一昨ごとに変わる表現法をスタイルとし、それによって写真を超えていこうとする試みは、アンチスタイルな全体写真家としてユニークな位置にいる。また小説家としても知られ著作に『誰も死なない恋愛小説』『ドライブ』がある。第34回講談社出版文化賞写真賞受賞

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