この新型ウィルス、実はコロナではありません。現在の騒動を予見したかのような近未来SF『月の落とし子』

金杉由美 図書室司書

『月の落とし子』早川書房
穂波了/著

 

 

未知の新型ウィルスによる感染症が、急激に広がっていく日本。
封じ込めようと様々な対策が行われるが、功を奏しない。
新型ウィルスの危険性の強さにパニックが起きるおそれもあり、有識者による対策会議では国民への注意喚起・情報の発表に二の足を踏む意見も出て、事態は更に混迷。
感染者との接触があった者には検査が行われ、陽性反応が出れば隔離される。
外出行為を禁止にするのが最も適した対策だとも言われるが、経済への計り知れないダメージを考慮する政府はなかなかそこまで踏み切れない。
無為自覚の感染者が他の人間と接触し、ウィルスは拡散する一方だ。
感染者が多数発生した現場が封鎖され、発症していない者も感染の疑いがあるため、そこからの脱出を禁止される。閉じ込められた人々は「ウィルスで殺す気か!」と激高するが、他に有効な方策はない。封鎖された内部では次々に感染者が増えていく。
ウィルスに効くとされる物資などが買い占めで店頭から消え、ネット上で高価で売買されている。デマやフェイクニュースがあふれ、国民の不安は煽られる。

 

この新型ウィルス、実はコロナではありません。

 

現在のコロナ騒動を予見したかのような本書は、昨年末に刊行された近未来SF。

 

物語の発端は、月の裏側を調査する有人探査計画。宇宙飛行士によって月のクレーターから土壌が採取された結果、その中に眠っていたウィルスが目覚めて当の宇宙飛行士たちに襲い掛かかる。やがてウィルスに汚染された宇宙船はコントロールを失い、日本に墜落し高層マンションを倒壊させ多数の死傷者を出してしまった。そして災害はそれだけに留まらず、未知のウィルスは大規模なパンデミックを引き起こしていく。
致死率80%。発症すればエボラ出血熱のように全身から出血して死に至る。
救助隊や病院関係者が走り回る中、突如、総理大臣による非常事態宣言が発令され、宇宙船の墜落地点である船橋は完全封鎖。
宇宙船に搭乗していた日本人クルーの妹であるJAXA管制員・茉由と、感染症研究者・深田は、封鎖地域に取り残されてしまった。
閉じ込められた人々はこのまま見捨てられてしまうのか?日本は、世界は、どうなるのか?

 

本というものは、読むタイミングによってインパクトの強さが大きく左右される。
そういう意味から言うと、まさに今この時期に『月の落とし子』を読んでしまったことは幸運なのかもしれない。
何でもない時に読んでいても良質のパニックサスペンスとして十分に楽しめただろうけど、コロナ騒動で外出自粛ムードの最中におうちで読む「月の落とし子」のリアルさときたら!本当にパニック起こしそう。あな、恐ろしや。
前半の宇宙パートも臨場感があり、えげつないほどの迫力。
後半の地球パートは臨場感どころではなく今そこに迫る危機なわけで、読んでいるだけで鳥肌がたつ。
これ、書いた著者本人が一番驚いているのではなかろうか。

 

ぜひ今!今こそ!読んでほしい奇跡のタイミングで出版された一冊。
5割増しくらいのインパクト得られます。
そして、この状況だからこそ必要な元気も得られます。

 

こちらもおすすめ。

 


『火定』PHP研究所
澤田瞳子/著

 

天平時代、都に荒れ狂う流行病の嵐。
いつの時代も人類は病と闘ってきたのだと実感できる一冊。

 


『月の落とし子』早川書房
穂波了/著

この記事を書いた人

金杉由美

-kanasugi-yumi-

図書室司書

都内の私立高校図書室で司書として勤務中。 図書室で購入した本のPOPを書いていたら、先生に「売れている本屋さんみたいですね!」と言われたけど、前職は売れない本屋の文芸書担当だったことは秘密。 本屋を辞めたら新刊なんか読まないで持ってる本だけ読み返して老後を過ごそう、と思っていたのに、気がついたらまた新刊を読むのに追われている。

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