2018/05/23
大杉信雄 アシストオン店主
『この10年でいちばん重要な文房具はこれだ決定会議』スモール出版
ブング・ジャム+古川 耕/著
「仮面ライダースナック」と聞いて懐かしいと思われる世代の方もおられるだろう。まさに私が小学校低学年の時代に登場して、夢中になって添付の「ライダーカード」を集めた。もう少し下の世代だと「ビックリマンチョコ」だろう。どちらも「おまけ」に子供たちが夢中になってしまい、本体の菓子を食べずに捨てていたことが社会的に問題になったりした。私も「ライダースナック」の甘い芋味のスナックが苦手で、祖母に食べてもらっていた。
ジャン・ボードリヤールは、今日の消費社会においてヒトというものは使用価値を持った物理的存在としての「モノ」ではなく、記号としての「モノ」を消費しているのだと言った。そして日本の社会学者である大塚英志は『物語消費論』の中で、さらに「ライダースナック」と「ビックリマン」の間ではその消費システムが決定的に異なっているのだと説いた。
つまり「ライダースナック」が「仮面ライダー」という特撮ドラマに便乗する付加価値商品であったのに対し、「ビックリマン」はTVやコミックが存在したわけでない。キャラクターが描かれたシールの裏には「悪魔界のうわさ」と題された短い情報が記されていて、シールを集めてゆくとそこから「小さな物語」が浮かび上がってくる。そしてその物語を積分してゆくとさらに「大きな物語」が浮かび上がる。つまり、子供たちが夢中になっていたのは、チョコレートでもなければシールでもない。そういった「大きな物語」だったのだ。
スナック菓子の記憶と同じように重なるモノに、文房具がある。文房具の「消費」も不思議なもので、ボールペンや輪ゴム、セロテープなど勤務先から支給され、何も考えずに使い捨てているようなモノと、個人の趣味や好みで買い求めるものとが日常的に混じり合っている。子供時代、学校に持っていけないはずの玩具の代わりとして境界線ギリギリを狙って企画された「スーパーカー消しゴム」や「ロケット鉛筆」を思い起こさせるような、創意工夫にみちた数々の文房具が作り出されている。楽しさを優先したものだけではなく、先端的な技術を導入した文具も多く、それらはテレビの情報番組でも多く取り上げられるようになった。
いっときのブームを超えて、文房具はひとつの「カルチャー」になっている。そう指摘して、なぜそうなったかを細かく分析しているのが本書だ。このきっかけは2003年にコクヨから発売された「カドケシ」であったと指摘。良く消えるか消えないか、という視点しかなかった消しゴムの世界に「もっと心地よく消したい」という消費者の感性を寄り添った視点を文房具与えたこと。つまり「機能性で選ぶ文房具」という選択肢を与えたことで類似品を含めた様々な消しゴムがつくられるようになった。そしてその視点はボールペンにも広がり「ジェットストリーム」や「消せるボールペン」などのヒットに繋がり、さらにハサミや穴あけパンチにもその視点を広げていった。
本書が主に語っている2003年から2016年という時代は日本が不況下にあり、日本のモノづくりのあり方が問われた時代でもある。また自己啓発関連の書籍が売れて、ノートや手帳の取り方の書籍を書店で良く見かけるようになった。そういった社会の状況を反映し、形にしてきた文房具を「小さな物語」として寄せ集めてゆく。文房具とは何か、モノ作りとは何か、私たちの消費のあり方はどうなってゆくのか。そういった「大きな物語」を想像してゆくのは、私たち読者の仕事だろう。文房具を題材にした新しい『物語消費論』が生まれた。
『この10年でいちばん重要な文房具はこれだ決定会議』スモール出版
ブング・ジャム+古川 耕/著