akane
2019/04/09
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2019/04/09
自動運転装置の開発は、いったい誰が主導権を握るのでしょうか。
このコラムで取り上げてきた工作機械産業と同様、そこには2つのシナリオが存在します。
一つは、いうまでもなく、トヨタ自動車や日産自動車などの完成車メーカーです。
もう一つは、完成車を自分で作るのではなく、自動運転装置のみを開発して、それを完成車メーカーに提供する企業です。ネット検索事業で磨き上げた画像認識技術を応用して自動運転装置開発に参入しようとしているグーグルは、後者のタイプに属するでしょう。
完成車メーカーは、自社の車に最適化した自動運転技術を開発しようとする動機を強く持つでしょう。車種ごとに最適な自動運転技術を提供しようとすると、車種ごとに最適設計された自動運転装置を開発することになります。それはきめ細やかな自動運転機能を提供しますが、他の車種への転用性には劣ります。
他方、自動運転装置のみを開発する専業メーカーは、特定の完成車メーカーにのみ最適化した特注品を作るよりも、できるだけ多くの完成車メーカーに対して自社の自動運転装置を売りたいという動機を強く持つはずでしょう。したがって、できるだけ標準化されて汎用性の高い自動運転装置を開発しようとするでしょう。それは特定車種に最適設計されているわけではないので、当初の性能や機能は一定水準にとどまることでしょう。しかし、転用性は高いものになるはずです。
このような2つのシナリオが存在するのですが、それは工作機械産業で見たCNC装置の革新史と同じ構造です。そして、特に強い競争力を持つ完成車メーカーは、自社の車の価値を高めるために最適化された自動運転開発を先導することに強い動機を持つでしょう。当時強かった米国の工作機械メーカーが、最適化したCNC装置の開発を進めたことを想起していただきたい。しかし、このシナリオには長期的な課題が存在することは、日米の工作機械産業の盛衰史が証明しています。
自動運転開発の場合、人工知能技術の学習スピードという別の課題もまた検討しなければなりません。それは、完成車メーカー主導は、自動運転装置専業メーカーに比べて自動運転技術の進化のスピードが劣るに違いないという点です。自動運転の鍵は、センサー経由で収集した大量のビッグデータを使って、いかに早く正確に外部状況を認識し、判断するのかという点にあるため、人工知能のディープラーニング(深層学習)技術が使われます。
ディープラーニングでは、いかに多くの高質データを収集できるのかが、学習スピードに影響を与えます。複数の完成車メーカーに使われることで多くの走行データを収集できる自動運転装置専業メーカー主導の開発が、長期的には高度な進化を遂げるはずだと考えられます。一方で完成車メーカー主導の場合、収集できる走行データは自社の車に限定されたものにとどまるため、進化のスピードは劣ると考えられるのです。
以上から、日本にとって最悪のシナリオは、グーグルのような異業種からの参入企業が、多くの完成車メーカーで使えることを狙った汎用的な自動運転装置を開発した場合です。当初は性能が必ずしも十分とはいえなくとも、世界中の完成車メーカーから収集した走行データを蓄積することで急速に進化を遂げて、日本の完成車メーカーをも侵食してしまうという可能性です。それを避けるためにも、完成車メーカー主導の開発には前述のような課題が存在することを、まずは理解することが重要となります。
そのうえで日本の完成車メーカーは、自社の車への最適化に過剰に引きずられないように、中立的な自動運転開発組織を別に設立すべきでしょう。これは、ただ単に、形だけの別組織か別会社にすればよいというものではありません。その本質は、自動運転装置の技術開発に際して、自社の車に最適化しようとする力の影響を受けないような開発組織を構築することにあります。たとえ別会社にしても、完成車メーカーから経営幹部が派遣されてきて、自社の車へ最適化した自動運転装置の開発を求めるようでは別会社にした意味はありません。ここで重要なのは、転用性や汎用性などを重視した製品開発へのインセンティブを埋め込んだ組織環境を作ることです。
マスコミ報道によると、2019年3月末にはデンソーやアイシン精機などのトヨタ系部品メーカー4社が、自動運転の技術開発を目的とした共同出資会社を作るという。部品メーカーのみによる出資でトヨタ自動車本体が入っていないのは、前記のような理屈を考慮すると理に適った動きとして評価できます。トヨタ本体が入ると、どうしてもトヨタの車両に合わせようとする力が暗黙のうちに働いてしまうことは避けられないからです。
とはいえ、少し気がかりなのは、やはり4社ともトヨタ系列の部品メーカーだという点です。トヨタの車両に合わせようとする見えない力をできるだけ排して、世界中の完成車メーカーを相手にする自動運転装置のメガサプライヤーを目指すべきではないでしょうか。
結局のところ、それが、日本の自動車産業全体のためになるのですから。
※以上、『日本のものづくりを支えた ファナックとインテルの戦略』(柴田友厚著、光文社新書)から抜粋し、一部改変してお届けしました。
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