「艦隊これくしょん」がグーグルの検索結果を変えた【第3回】岡嶋裕史
岡嶋裕史『インターネットの腐海は浄化できるのか?』

かつてインターネットがユートピアのように語られた時代があった。そこは誰もが公平に扱われ、対等な立場で建設的な議論ができる場のはずだった。しかし現在、そんな戯言を信じる者はいない。ネットは日々至る所で炎上し、人を騙そうという輩が跋扈し、嘘の情報であふれている。黎明期から知る人間は誰もが思うはずだ、「こんなはずではなかった……」。ネットはいつから汚染された掃き溜めのような場所になってしまったのか? それとも、そもそも人間が作り、人間が関わる以上、こうなることは約束されていたのか? 黎明期からネットの世界にどっぷりハマってきた、情報セキュリティの専門家である中央大学国際情報学部開設準備室副室長の岡嶋裕史氏が、ネットの現在と未来を多角的に分析・解説する。

 

 

雲の名前を調べたいのに……――汚染されるインターネット

インターネットの公平性について、さらに考えを進めていこう。

 

インターネットが公平でオープンであるとされる根拠の一つに、双方向のメディアであることがあげられる。

 

仮に間違った情報やうその情報がインターネット上の何らかのメディア、ウェブやSNSに掲げられても、その情報で被害を受けた人も同じようにウェブやSNSで正しい(と主観的に思われる)情報や反対意見を述べることができる。この特性が、マスメディアという巨大な権力の前に膝を屈するしかなかった個人の福音になるとされたのだ。

 

ほんとうだろうか?

 

情報が正しい、正しくないの別で言えば、インターネットのしくみには、その正しさを検証するプロセスは存在しない。

 

たとえば間違った情報がウィキペディアにあがれば、誰かがそれを指摘して修正されるので、正しさが担保されるとの指摘もあるが、あくまで結果としてそうなるのであって、予めそういう動作機序が設計されているわけではない。

 

そもそも、いまほとんどの人が、インターネット上でほしい情報にたどり着くときにツールとして使うのは、検索エンジンである。その検索エンジンの信憑性や有意性がゆらぎ始めているのは、連載【第2回】で指摘したとおりだが、未だ圧倒的多数の利用者が検索エンジンを水先案内人として、インターネットの腐海に乗り出している。

 

この検索エンジンにしてからが、正しさを検証するしくみを持ち合わせていない。グーグルを例に挙げると、検索結果に最も大きな影響を与える要素は、どのくらい他のウェブページからリンクが張られているか、ざっくりした言い方をすれば、人気投票である。そして、正しいものが人気があるとは限らないのだ。

 

正しい、正しくないとは少し視点が異なるが、下記のリンク先を見て欲しい
http://www.dmm.com/netgame/feature/kancolle.html

 

2013年に登場し、ブラウザゲーム界を支配した「艦隊これくしょん」である。旧帝国海軍の艦艇を擬人化、戦力などを数値化しカードに模したもので、ゲームシステム自体はよくあるカードバトルとして設計されている。

 

100年も前から、女子×ミリタリーの組み合わせは性的興味をかき立てるものとして意匠化されてきたし、近年の萌え文化の興隆を鑑みればその文脈の延長線上で商品価値を突き詰めた佳品である。

 

NHKのニュースに「つぶやきビッグデータ」というコーナーがあって、ネットメディア上で最もつぶやかれているフレーズを、学校で習ったバブルチャートのように話題の大きさをグラフの大きさとして、今の話題を紹介しているが、このデータはしばらく艦隊これくしょんで埋め尽くされた。

 

そのただ中に、1つだけ「オバマ」というグラフが存在したのが、また輪をかけて異様だった。まるで世界には艦隊これくしょんとオバマ大統領しか存在しないかのような光景である。

 

問題は艦隊これくしょんが話題になって以降の検索のされ方である。帝国海軍が主役のゲームであるから、当然話題になるほどに帝国海軍艦艇の名称での検索数が増えた。そして、帝国海軍のフネの名は実に雅なのである。

 

歴史的な紆余曲折はあるものの、戦闘艦艇は概ね搭載している砲の口径と基準排水量によって大型艦から、戦艦、重巡洋艦(一等巡洋艦)、軽巡洋艦(二等巡洋艦)、駆逐艦に分類され、第一次大戦からは潜水艦が、第二次大戦からは航空母艦がここに加わる。

 

帝国海軍の命名規則では、戦艦は国の名前(大和、武蔵、長門……、もともと巡洋戦艦だった金剛、榛名などは例外)、重巡洋艦は山の名前(高雄、愛宕、妙高……)、軽巡洋艦は川の名前(川内、天龍、阿賀野……)、駆逐艦は天文現象、自然現象の名前(五月雨、夕立、不知火、夕雲、天津風、電……)が付される。

 

オバマを超える言及数の艦隊これくしょんであるから、検索エンジン上での評価は高い。これらのキーワードで検索を行えば、必ず上位に検索結果が表示される。そして、インターネット上では、2ページ目以降の検索結果などなきに等しいのだ。

 

すると、「ちょっと夏休みの自由研究で雲の種類について調べよう。グーグル先生お願いします」とやったときに、愛らしい容姿と重厚な武装を備えた二次元女子の画像ばかりがヒットすることになる。

 

私は、艦隊名称と一般名称が重複するキーワードを抽出しグーグル検索にかけ、10位までにどのような情報がランクされたかを詳細に研究したことがある。その結果は学術論文に譲るとして、でるわでるわ、時雨、如月、高波、綾波、潮、初霜、巻雲、満潮、五月雨と、ふつうに小学校の自由研究の課題に出そうな単語群の検索結果が、艦娘(かんむす。艦艇を美少女化したキャラクターのことをこう呼ぶ)で埋め尽くされた。

 

ニーズに合致しているのであればまだよい。「雲の種類について調べようなどと考える人はすでに少数派で、現代日本で叢雲といえば、吹雪型駆逐艦の5番艦のことなのだ」が成立するならば、素晴らしい検索結果だということもできるだろう。

 

しかし、艦隊これくしょんが流行しているのは、あくまで局所的なコミュニティの中であって、日本の、あるいは世界のマジョリティが「電といえば、ちょっと腹黒そうな駆逐艦のことだ」と考えているわけではない。そんな状況下で電を検索すると、吹雪型駆逐艦24番艦が出てきてしまうのだから、これは「間違った検索結果」と言えるのではないだろうか。

 

多くの人が、天気のことを求めているのに、実際には艦艇の検索結果が導かれる。どうしてこのようなことが起こるのだろう。

インターネットの腐海は浄化できるのか?

岡嶋裕史(おかじまゆうし)

1972年東京都生まれ。中央大学大学院総合政策研究科博士後期課程修了。博士(総合政策)。富士総合研究所勤務、関東学院大学准教授・情報科学センター所長を経て、現在、中央大学国際情報学部教授、学部長補佐。『ジオン軍の失敗』(アフタヌーン新書)、『ポスト・モバイル』(新潮新書)、『ハッカーの手口』(PHP新書)、『数式を使わないデータマイニング入門』『アップル、グーグル、マイクロソフト』『個人情報ダダ漏れです!』(以上、光文社新書)など著書多数。
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