akane
2018/10/29
akane
2018/10/29
これまで、キャラクタは物語に従属し、物語の終幕と同時にコンテンツとしての耐用年数を迎えたが、物語から切り離される形でのキャラクタの運用や消費が活性化するだろう。
初音ミクはそれが一般に受け入れられた先駆けであると言える。固有の物語はなくとも消費することができ、むしろ無数の異なる物語に適用されて溶け込むことができるキャラクタである。これはある種の芸能活動であり、偶像のパーソナライゼーションである。
そして、この芸能活動は、コンテンツとしてのカテゴリや国境を容易に越境する。
もちろん、リアルな肉を持つ芸能人も、文学作品にだって出演するし、お笑いコンテンツに関わることもあるだろう。しかし、二次元キャラクタの越境性は現実の身体を持たない分、より徹底している。
同じキャラクタが母にも妹にも娘にも天使にも淫魔にもなる。リアルな芸能人が同じことをすれば失笑を買う結果になるだろうが、二次元のキャラクタの場合はなんのためらいもなくカテゴリは跨がれ、かつ破綻しない。むしろ、色々な場面にお座敷がかかる中で、もともとの設定が持つ本質的な要素が強調され、キャラクタは強固になる。
この特性は、二次元キャラとの婚姻を考えるときにも重要である。
特定の二次元キャラと結婚したい利用者は大勢いる。これまでに議論してきた艦これでも、多くの利用者が金剛なり榛名なりと結婚しているが、艦これの世界ではこれを重婚とは呼ばない(重婚と呼ぶのは、利用者が複数の艦娘と婚姻する場合で、艦娘が複数の利用者と婚姻関係を結ぶのは問題にはされない)。
二次元キャラの利用者は、キャラクタの共有に理解があるのだろうか? そうではない。
むしろ、かんなぎの例(コミック『かんなぎ』のヒロインが非処女であることを連想させるような情報が拡散し、一部でコミックが破壊されるなどした騒動)を見てもわかるように、独占欲が強く、処女性に拘るのが一般的である。
二次元キャラクタは、その原型としての「クラス」(定義)は単一であるものの、それを消費する各利用者は、クラスから派生した「インスタンス」(定義から導いた実体)を所有して消費していると考えられる。原型のクラスさえあれば、個々に異なるインスタンスがおのおのの利用者に無限にリロード(召喚)され、利用者はそのインスタンスに独自の属性を上書きしていくことで、インスタンスを自分のものにするのだ。
このインスタンスは極めて私的なもので、したがって金剛というキャラクタ(クラス)が利用者Aとも利用者Bとも結婚していても、それは重婚にはならない。彼らが「うちの金剛」、「うちの榛名」という言い方をするのは、金剛というクラスから生成したインスタンスを独自に所有しているという意識があるからだ(リアルアイドルとの結婚を勝手に宣言すればファンのコミュニティから袋だたきにあうだろうが、二次元キャラとの結婚はむしろファンコミュニティのなかで賞賛される。)。
この「クラス」→「インスタンス」という越境的な派生関係が「萌え」の中核を成しているとも言える。周知のキャラクタを共有しつつおのおのが独占するというアクロバティックな行為が、二次元キャラではより容易に実現できるのだ。
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