貧困女性を追ってきたノンフィクション作家の初小説 少女は「家族の再生」のために戦う

金杉由美 図書室司書

『里奈の物語』文藝春秋
鈴木大介/著

 

 

炎のようにきれいで激しくてタフな少女、里奈。
これはそんな彼女が、戦って戦って戦い抜いていく物語。

 

エキセントリックな実の母親に捨てられ伯母に育ててもらった里奈は、ろくに小学校にも通わず従妹や父違いの弟妹の面倒をみてきた。
子供の世話をするのが大好きで、惜しまずに愛情を注いできたけれど、小学生に子育ては難しい。女手ひとつで4人の子を抱えた伯母にとっても、貧しさの中で真っ当に暮らしていくことは難しかった。

 

やがて里奈は弟妹たちと引き離されて施設に入ることになる。
再び家族みんなで暮らすことを励みにしてきたが、その夢は数年後無惨にも破られた。
絶望した彼女は、風俗の世界に足を踏み入れる。
過酷な業界の荒波に翻弄され、一度は恋も希望も生きていく意味もなくしてしまう。しかし、持ち前の頭のキレと度胸でのし上がっていき、やがてひとつの大きな目標に出会う。
それは、「家族の再生」。

 

物心ついた時から、女になる前から、里奈は既に「母」だった。
弟妹も、施設の子どもたちも、風俗店の未成年の後輩も、里奈にとってはみんな「守るべきもの」だ。
小さな体で敵に立ち向かい、母猫のように毛を逆立て牙を剥いて、懐に囲い込んだ子どもたちを必死に守ってきた。そうすることが彼女の幸せだから。

 

あんなに愛した子どもたちと、もう二度と元のようには家族として暮らせない。
それなら、新しい家族を作ればいい。自分の子を産めばいい。

 

今までノンフィクションライターとして貧困層女子たちを取材してきた著者の、初めての小説が、この「里奈の物語」だ。
学校にはほとんど通ってなくても元々の知能が高く、ルックスも優れ、身体能力もあって、メンタルも強靭。そんな里奈よりずっと恵まれていない女の子は星の数ほどいるだろう。
賢くて強い里奈でさえ体を売って働かざるを得なかったのは、生まれ育った家庭の事情だ。貧困は連鎖する。
もし裕福な家庭に生まれていたのなら、里奈はもっとずっと楽に、その手に明るい未来をつかめていたはずだ。

 

ビルの地下に生まれた人間が、陽の当たるところに上がっていくのは難しい。
それは、限りなく不可能に近いのかもしれない。
だから、里奈の物語は、現実にはあり得ない夢物語なのかもしれない。
でもあえて著者はそんな夢物語を描いた。
戦って戦って戦い抜いた女の子が、希望を手に入れる奇跡の物語を。

 

里奈の影には何人もの女の子たちがいる。
風俗の世界で働くしかない、未来に夢をもてない、明日の命さえ保障のない女の子たちが。
戦って戦って戦い抜いて、疲れ果てて立ちすくんでいる女の子たちが。
彼女たちに奇跡が訪れますようにという、著者の願いがこの一冊には詰まっている。

 

こちらもおすすめ。

『本当の人生』東京創元社
アドリーヌ・デュドネ/著

 

一見平和な普通の家族。でも徹底的に壊れている。そんな家庭に育った少女が、ただひとつの希望である弟の魂を闇から救うため、すべての敵に立ち向かう。
こちらもまた勇敢で強かで無垢で母性に満ちた女の子の物語。

 

『里奈の物語』文藝春秋
鈴木大介/著

この記事を書いた人

金杉由美

-kanasugi-yumi-

図書室司書

都内の私立高校図書室で司書として勤務中。 図書室で購入した本のPOPを書いていたら、先生に「売れている本屋さんみたいですね!」と言われたけど、前職は売れない本屋の文芸書担当だったことは秘密。 本屋を辞めたら新刊なんか読まないで持ってる本だけ読み返して老後を過ごそう、と思っていたのに、気がついたらまた新刊を読むのに追われている。

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