2020/06/19
小説宝石
『保健室のアン・ウニョン先生』亜紀書房
チョン・セラン/訳・斎藤真理子
〈見えないものを見、それと戦う力〉がある養護教諭のアン・ウニョン。赴任先のM高校には何かがいると出勤初日から感じた彼女は、おもちゃの銃とレインボーカラーのおもちゃの剣で、さまざまな「敵意」と戦う。
その学校はある財団の一族によって運営されており、その跡継ぎでもあるインピョもそこで漢文の教師をしていた。頼りないながらもウニョンの味方となり、問題解決にもひと肌脱ぐ好青年。
連作短編の最初に置かれた「大好きだよ、ジェリーフィッシュ」は、もう十年も前に書かれた短編らしい。これを皮切りに、奇妙な味の十編が展開する。インピョの祖父の代から封鎖されていた地下階の奥。
おそらく鎮守のために置かれていた石をインピョが動かしてしまったために起きる、一大スペクタクルがホラーとコメディの合わせ技で描かれる。
悪霊を封じ込めるために学校を建てたのは、十代のエロ妄想の力を利用しようとしたからとか、三話め「幸運と混乱」で、生徒のミヌとジヒョンがコンビになると事件を起こすのは、ふたりの体毛のせいだとか、ウニョン独特の能力から来る事件分析は突拍子もないが、実際、人助けになるのだから、大笑いしつつも見守ることになる。
ウニョンはわりと頻繁に名所旧跡で聖なるパワーを盗むし、ずけずけものを言い過ぎるし、事を収める手段は手荒い。風変わりだけど愛すべきウニョンと控えめなインピョの関係は典型的なラブコメ展開で、このサイドストーリーも物語の牽引力だ。
軽いエピソードの中に、学歴競争だの汚職天国だのゴシップ好きだの世相をちくりと刺すのもさすがの筆さばき。五十数人の人生が絡まり合う『フィフティ・ピープル』(亜紀書房)で、日本でも広いファンを獲得した物語巧者としての才能にまた惚れる。
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『パライゾ』光文社
阿川せんり / 著
闇の楽園から照射する、人生の意味
人間が一瞬にして黒いぐずぐずの塊になってしまった世界。生き残っているのは、かつて○○○をしたことがある人だけらしい。上京してきたばかりの少女、殺人容疑者でもある愛犬家、出所してきた男、あるいは内戦地帯の少年……、黒いぐずぐずが路上でうごめくディストピアな場所をサバイバルするのは訳ありな人々だ。そんな彼らの脳裏に浮かぶ過去もまた地獄絵図。
楽園を意味する「パライゾ」を標題に当て、挑発的なディストピアが展開する。自分の存在意義を求めてあがく若者たちを描いてきた著者が、「生きる意味とは何か」を、本書ではダークサイドから問う。
『保健室のアン・ウニョン先生』亜紀書房
チョン・セラン/訳・斎藤真理子