2020/06/18
坂爪真吾 NPO法人風テラス理事長
『炎上CMでよみとくジェンダー論』光文社
瀬地山角/著
2020年4月23日の深夜、ニッポン放送のラジオ番組「ナインティナイン岡村隆史のオールナイトニッポン」において、リスナーから寄せられた「新型コロナウイルスの影響で性風俗店に行けない」という内容のメールに対して、パーソナリティのお笑い芸人・岡村隆史が、「コロナが収束したら、もう絶対面白いことあるんです」「収束したら、なかなかのかわいい人が短期間ですけれども、お嬢(風俗嬢)やります」「短時間でお金を稼がないと苦しいですから」という趣旨の発言をした。
岡村のこの発言に対して、「生活が困窮して性風俗に女性が流れてくるのを楽しみにするのは異常」「女性蔑視だ」などの批判が集中し、大規模な炎上へと発展した。
ニッポン放送はホームページ上に「現在のコロナ禍に対する認識の不足による発言、また、女性の尊厳と職業への配慮に欠ける発言がございました」とする謝罪文を掲載した。
29日には、岡村の所属先である吉本興業のホームページ上にも同社及び岡村の謝罪文が掲載 され、30日深夜の番組で岡村本人が正式に謝罪した。
こうした一連の動きは、NHKや大手新聞社、週刊誌からスポーツ紙、ウェブ記事に至るまで、多くのメディアで大々的に報道された。
『炎上CMでよみとくジェンダー論』では、炎上した企業広告を「性別役割分業の現状追認」「訴求層の分断」「訴求層の読み間違い」などに分類した上で、それぞれの広告が「なぜ炎上したのか」を詳細に分析している。
企業広告とは異なるが、今回の岡村発言についても、本書の分析を応用すれば、「なぜ炎上したのか」については、「生活に困った女性が風俗で働くこと、そうした性差別的な現状を当たり前のように追認し、心待ちにすらしている男性の欲望を公の場で表出したことが炎上の原因である」といったように、理路整然と説明することが可能だ。
これまで起こってきた、そしてこれからも続くであろう企業広告や著名人の発言の炎上をよみとくためのガイドブックとして、そして身近な題材からジェンダー論を学ぶための入門書として、本書は多くの若い学生に読まれるべき一冊だと言える。
一方で、本書が想定読者層の一つとしている10~20代の若い世代には、こうしたジェンダー論やフェミニズムに対してアレルギー反応を示す人も少なくない。
私が主催しているオンラインサロンにも東大生が数名いるが、ジェンダーやフェミニズムの視点からSNS上で企業広告や著名人の発言に対する批判を繰り返している活動家や研究者に対する彼らの評価は、あまり芳しいものではない。むしろ「ああはなりたくない」ものとして受け止められているようにも感じる。
対象を分析・批判する上で、どうしても「無知」や「無自覚」という上から目線な言葉を多用してしまいがちなジェンダー論に関しては、「どうしてそんなに偉そうなんだ」「自分たちの内輪でしか通じない『国際基準』『歴史的文脈』『人権感覚』などを持ち出して、特定の対象を恣意的に批判することはおかしい」といった批判も多い。
ある理論が、「特定の事象を理路整然と説明できる」「政治的に非の打ちどころがなく正しい」からといって、それだけで人を動機づけられるわけではない。人間は、論理や社会正義、政治的正しさだけでは動かない。
同じような広告の炎上事件がいつまでも繰り返される背景には、「性差別に対する理解が足りない」「人権感覚がアップデートされていない」だけではなく、これまでのジェンダー論が、政治的正しさだけでは動機付けられない若い世代に響くような言葉を十分に生み出すことができていなかった、という理由もあるはずだ。
炎上CMに対して向けられる批判は、常に「炎上させる側」「炎上を分析する側」という安全地帯にその身を置くことで、時代の洗礼や淘汰を受けることを巧妙に回避していたジェンダー論に対しても向けられるべきだろう。
これからのジェンダー論に必要なのは、炎上CMを「なぜ燃えたのか」と分析するだけでなく、「どうすれば燃やせるのか」=論理や社会正義だけでは動かない人の心に火をつける(動機付ける)ための方法を模索することではないだろうか。
『炎上CMでよみとくジェンダー論』光文社
瀬地山角/著