机の上で「海底二万里」の冒険ができる本

藤崎慎吾 作家・サイエンスライター

『見えない絶景 深海底巨大地形』講談社ブルーバックス
藤岡換太郎/著

 

■巨大地形とプレートテクトニクス

 

地球は「青い惑星」とよく言われる。青いのは海があるからで、表面の7割を占める。つまり外から眺めるぶんには、最も目立つ存在だ。にもかかわらず、まさに底の知れない謎を秘めている。実際、底がよく見えないことに、謎の解明をはばむ大きな要因がありそうだ。

 

しかも、そこには陸上にはない、想像を絶する規模の地形が、そこかしこに広がっているという。本書の著者、藤岡換太郎さんは「一度でいいから海水をすべて取り去って、その絶景を遠望してみたい」と繰り返している。

 

人工衛星や音波を使った海底地形の探査が粛々と進められているとはいうものの、その「解像度」は平均するとまだ1000m単位でしかない。一方で太陽系の隣人、火星の表面は100m単位でわかっている。最も解像度の高い画像では、25cmの物体でさえ識別できる。

 

火星の北半球には、かつて海があったと考えられているが、その底はまさに海水を取り去った状態だ。しかし残念ながら、そこには藤岡さんが眺めたいような「巨大地形」は見当たらない。海とは関係のない場所なら大峡谷や巨大火山などがあったりするのだが、海底だったと思しきエリア(ボレアリス平原)は、どちらかといえばのっぺりしている。

 

それは地球とちがって、火星では「プレートテクトニクス」が起きなかったか、すぐに止まってしまったからかもしれない。プレートテクトニクスとは、惑星の表面が何枚かの硬い板(プレート)に覆われていて、それらが相互に動くことで、様々な地学現象が起きるという考えだ。

 

逆にプレートテクトニクスがあると、どうして巨大地形ができるのか。そもそも地球のプレートテクトニクスは、どのように始まったのか? それこそが本書のテーマであり、これまで明らかにされてきたことと、今後、検証されていくであろう藤岡さんの大胆な仮説とが、スリリングに語られている。

 

■「Google Earth」とともに深海ツアーへ

 

とはいえ専門家ではない私が最も楽しませてもらったのは、やはり前半の「深海底世界一周」だ。ジュール・ヴェルヌ『海底二万里』のネモ船長に成り代わった藤岡さんが、空も飛べる架空の潜水船「ヴァーチャル・ブルー」で、深海底の絶景をたどる世界一周ツアーに案内してくれる。

 

その冒険は本書を読むだけでも十分に堪能できるが、私が個人的におすすめしたいのは、無料の地球儀ソフト「Google Earth」を同時に眺めることだ。

 

現実の地球から海水をすべて取り去るのは不可能だが、Google Earthは最初から取り去られた状態になっている。海底部分の解像度は1.8km程度で、火星のように微細な地形まではわからないが、巨大地形を遠望するには十分とも言える。

 

その画面を、まずはパソコンやタブレットなどで開こう。そして出発地点の宮古湾を探す。面倒なら検索窓に「宮古湾」と打ちこめば、自動的にピンを打ってくれる。あとは本書をめくりながら、地球儀を東へと回転させていけばよい。

 

宮古沖にある日本海溝の深い谷間は、すぐにわかるだろう。その海側斜面には、海溝軸と平行に走る「地塁・地溝」らしき凹凸も見てとれる。

 

そこを上がって深海大平原へとさしかかるあたりには、「プチスポット」と呼ばれる新種の火山があるという。Google Earthにもポツポツと、それらしき高まりは見えるが、小さい火山らしいので、解像度を考えると「?」だ。しかし、さらに東の「シャツキー海台」は、白っぽい巨大な高まりとして、はっきりと浮かび上がっている。

 

ハワイ諸島の連なりは一目瞭然。そこから北アメリカ大陸の間に何本か走る傷のようなものは、「断裂帯」だろうか。意外と探すのに手間取るのは、藤岡さんが深海底巨大地形の“真打ち”と称える海嶺(海底山脈)の一つ「東太平洋海膨」だ。Google Earthだと断裂帯ほど明瞭には見えない。

 

本書85ページの図とGoogle Earthとを見比べながら、それらしき場所を拡大していくと、階段のように直線的な筋が現れてくる。そこで「ああ、これが海嶺とトランスフォーム断層か」と膝を打てば、自分でその地形を発見したような気分になれる。

 

一方で「大西洋中央海嶺」は109ページの図を見るまでもない。高度1万mから眺めたって、はっきりそれとわかる痛々しいような傷跡だ。同じ海嶺なのに、こうもちがうのは、東太平洋海膨がとてもなだらかな高まりだからだろう。他の海嶺は、もっと急峻だ。

 

本書には「たっぷりとマグマを摂取している東太平洋海膨はグラマーな体型になり、少食な大西洋中央海嶺はスレンダーになった」と書かれている。海嶺も山だから、女性的なイメージがあるのだろうか。それはそれとしても、地形に対する地質学者の愛を感じる表現だ。

 

その先の旅も、本書とGoogle Earthとで、皆さんそれぞれに楽しんでいただきたい。藤岡さんが正式に名前をつけたという最終目的地の「坂東深海盆」も、その三角形で平坦な様子が「標高 -9200m」のあたりに、よく見て取れるだろう。

 

■『深海のパイロット』

 

『深海のパイロット』光文社新書
藤崎慎吾・田代省三・藤岡換太郎/著

 

ところで藤岡さんと、潜水調査船のパイロットだった田代省三さん(本書にも登場する)、そして私は共著で『深海のパイロット』(光文社新書)という本を出している。もう17年ほど前のことになるが、内容はさほど古くなっていないはずだ。

 

田代さんと私は「しんかい6500」のような潜水調査船がどのような船で、実際の調査現場はどんな様子かを詳細に描いている。浮上できなくなって焦ったり、外国の潜水船と競ったりなど、他書にはないエピソードが満載だ。「ヴァーチャル・ブルー」に乗船して深海底探査に興味を覚えた方は、ぜひ手にとってみていただきたい。

 

そして藤岡さんが書いたパートは、「しんかい6500」の兄貴分に当たる「しんかい2000」で日本周辺各地の海底に潜った時の話だ。本書『見えない絶景』の前日譚と言っていいかもしれない。「しんかい2000」は2002年に役目を終え、今は新江の島水族館に保存されている。

 

『深海のパイロット』を出した時、藤岡さんは「いつか司馬遼太郎の『街道をゆく』の深海版を書きたい。その時まで『しんかい6500』による調査の話はとっておきたいから、今回は『しんかい2000』について書いた」というようなことを口にしていた。

 

本書がその“深海をゆく”なのかどうか確認してはいないが、私の感じるところでは、それに近いのではないかと思う。『街道をゆく』は移動範囲の広さばかりでなく、展望する時間的スケールの大きさが魅力だ。第1章から一般には馴染みのない漁村などを訪れつつ、そこで日本人の起源を論じたりしている。

 

本書も深海底の巨大地形という、ほぼ誰も目にしたことのない風景を巡りながら、40億年以上も前の「冥王代」にまで時をさかのぼっている。日本列島に人が住み着いたのは、たかだか数万年前のことだ。地球史の中では、まばたきする間の出来事でしかない。本書で遠望されているのは、気の遠くなるような時間の絶景でもある。

 

『街道をゆく』は文庫本にして全43巻だ。本書にも続編を期待したい。

 

『見えない絶景 深海底巨大地形』講談社ブルーバックス
藤岡換太郎/著

 

この記事を書いた人

藤崎慎吾

-fujisaki-shingo-

作家・サイエンスライター

1962年、東京都生まれ。米メリーランド大学海洋・河口部環境科学専攻修士課程 修了。科学雑誌の編集者や記者、映像ソフトのプロデューサーなどを経て、99年 『クリスタルサイレンス』(朝日ソノラマ)でデビュー。同書は早川書房「ベス トSF1999」国内篇第1位となる。現在はフリーランスの立場で、小説のほか科学 関係の記事やノンフィクションなどを執筆している。近著に《深海大戦 Abyssal Wars》シリーズ(KADOKAWA)、『風待町医院 異星人科』(光文社)、『我々は生命を創れるのか』(講談社ブルーバックス)など。またノンフィクションには『深海のパイロット』、『辺境生物探訪記』(いずれも共 著、光文社)などがある。

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