akane
2018/08/28
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2018/08/28
女性に敬意をはらう術に長けていること、恋愛の機微に通じていることは、フランスの政治家にとっては能力の証につながる。生まれや育ちの良さ、教養の深さを表すこととなり、他人と差をつける大きな要素になるのだ。
最近の政治家でそれを大いに利用したのは、まず、39歳とフランス史上もっとも若くして最高権力者となったマクロン大統領だろう。
妻ブリジットさんは24歳年上、大統領が15歳だったとき、演劇部の顧問だった文学教師。大統領は、当時3人の子持ちで既婚者だった彼女と13年間にわたる不倫を貫き、結婚した。夫婦はいつも一緒に手をつないでカメラの前に現れ、大統領はまちがっても「うちのオバサン」などといった素振りは見せず、ことあるごとに妻を立て、手にキスしたり、腰に腕を回したりとスキンシップを忘れない。年上の既婚女性と恋愛する、中世以来恋愛の王道とされた「物語」は、大統領の「テクノクラート」「元銀行家」といった取りつく島もないイメージに、酸いも甘いも噛み分けたオトナの男という人間的厚みを与え、人気上昇に大いに貢献した。
シラク元大統領(在任1995‐2007)もまた巧みであった。
2003年3月に開戦したイラク戦争にフランスが不参加を表明し、米仏関係が悪化していたときのことだ。アメリカが18年ぶりにユネスコに再加盟することになり、シラク氏は、その記念式典に参列するためにパリを訪れたローラ・ブッシュ元アメリカ大統領夫人を迎えた。そして、報道陣を前に大統領夫人にベーズマンをし、歓迎ぶりを強調した。
「ニューヨーク・タイムズ」紙は、ブッシュ夫人の困惑した表情の写真を掲載し、「ベーズマンして、仲直り?」と皮肉った見出しとともに報道した。ブッシュ元大統領とは冷戦状態でも、夫人は歓迎することをアピールして、ギスギスした敵対関係を緩和する意図があったのではないだろうか。
※ベーズマン 女性の手にキスをすること。古代ギリシャにさかのぼる敬意の念を表明する仕草で、中世期は騎士が主君に対して行なった。19 世紀から女性の手にキスをすることを指すようになるが、対象は既婚女性のみ。そのほか、屋外ではしてはいけない、唇がベッタリ手についてはいけない、ほんの軽く息がかかるだけなど、細かい作法がある。
さらに驚くべきことにフランスでは、恋愛小説を書く政治家も少なくない。
ジスカール・デスタン元大統領(在任1974‐1981)は恋愛小説を2冊も出版している。1冊は『ル・パッサージュ』。公証人とヒッチハイクする金髪女性のアバンチュールストーリーである。「ル・モンド」紙上で「特徴といえば、独創性がとことん欠如していること」と酷評されたが、それにも屈せず、2009年にはダイアナ妃との出会いを題材にしたといわれている『プリンセスと大統領』を出版しており、同書ではプリンセスと大統領のランブイエ城での初夜に加え、女性医師との濃厚なベッドシーンも書き込んでいる。
現経済相ブリュノ・ル・メール氏も恋愛小説を出版しているが、こちらは私小説的な『大臣』という書名のものだ。同書には、
浴槽の熱い湯が私の身体を弛緩させ、ラグーンの光が鏡に反射する。ポーリーンは緑茶の香りのする石けんで私を愛撫する……
と、実際に妻とヴェネチアに旅行したときの一晩の様子が書かれている。
フランス男は国連でも、おとなしくはしていない。2014年、フランス国連大使ジェラール・アロー氏は、安全保障理事会の会議中に、アメリカ合衆国国連大使だったサマンサ・パワー氏(元ハーヴァード大学教授、ピューリッツァー賞受賞者)に「フランス政府代表部より、あなたはとっても美しい」というSMSを送りつけたそうだ。
このような行為は日本ではどう受け取られるだろうか。セクハラとして確実にバッシングされるのではないだろうか。
実際、アメリカでは大騒ぎで、ニュースウェブサイト「Vox」上で、ジャーナリストのアマンダ・トーブ氏は、「外交は男の世界で、女が入ると、こういう不愉快な扱いをされる」と分析しているが、フランス男であるアロー氏はどこ吹く風。
「僕はフランス人だから、ポリティカルコレクトネスとは無縁でいられる」 とコメントし、左遷されるどころか、現在は駐米フランス大使に昇進。
フランス女性ならば「今日はホメられていい日だったなあ!」で終わることが、アメリカ女性だと「不愉快」に変わってしまうところが対照的だ。なにをセクハラと思うかは、人にもよるが、文化にもよる。そして後者の影響のほうが大きい。
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以上、『フランス人の性 なぜ「#MeToo」への反対が起きたのか』(光文社新書)を一部改変して掲載しました。
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