元気な長寿者たちは80代から新たな世界を拓く――(1)
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20万円以上のミシンを83歳で購入

 

長寿者の「元気」の秘密に驚かされたのが、まず、98歳の夫と暮らす女性Aさん(95歳)だった。 そこで、まずはAさんの暮らしぶりから、その「元気」のもとを見ていこう。

 

《Aさんのプロフィール》
1921年(大正10年)生まれ。98歳(大正7年生まれ)の夫と2人暮らし。子どもは2人。娘が町内に居住。80代に2回の入院経験以外、疾病はなし。

 

まず、私が注目したのは、「年齢にこだわらず、新たな選択をする力」が現在のAさんの「元気」を底支えしている事実だった。 Aさんは80歳過ぎに2つの新たな選択をしている。

 

1つは地域活動デビュー。いま1つは、83歳で20万円以上するミシンを購入したことである。この2つは、「年齢にこだわる」人ならば「もう歳だから……」と諦めかねない選択である。 80代でしたこの選択が、いかに現在の「元気」とつながっているか。Aさんの語りから、具体的に見ていこう。 まず、Aさんの一日の過ごし方である。

 

Aさん「朝6時に起きて、朝食作り。朝はパンと味噌汁、野菜や果物。その後、私は洗濯や掃除。午前中に集まりがある日は出かけて、ない時はテレビを見ながら、編み物や繕い物。主人は週2回はデイケア、その他の日は、外回りの草むしりや家でゴソゴソ。 昼食後は、集まりに出たり、編み物とか繕い物。昼寝はしません。夕食は7時頃。主人は寝るのが早いですが、私は11時頃。『もうちょっと、これが片付くまで』と言って、手仕事をしている」

 

他の元気長寿者同様、Aさんの一日も、規則正しくスケジュール化されている。地域活動への参加や、日中のみならず、夜11時までもなされる編み物・繕い物の時間の長さが、Aさんの特徴である。

 

80歳を過ぎて、ようやく内弁慶を克服 さらに、1週間、1カ月の時間のメリハリは、曜日ごとに異なる、地域の趣味活動への参加によって付けられている。

 

Aさん 「地域活動の回数ですか。月に5日間ほど、地域サロンの集いがあります。他に老人会の民謡、童謡、折り紙の会、リハビリなんかで、けっこう忙しい。元気をもらいたいと思って全部出席してます。民謡は80歳過ぎから。折り紙の会は8年ぐらい前、私が86歳の頃から」

 

地域活動と縫い物・編み物の手仕事。この2つの課題を中心に「励む」Aさんの一日は「けっこう忙しい」。

 

しかし、専業主婦だった彼女が活動を開始したのは、80歳過ぎという。Aさんは長寿期に入り「内弁慶」からの転身を果たしたのである。

 

Aさん「どっぷりやり始めたのは80歳過ぎてから。それまでは家の中ばっかりで。内弁慶で、外では発言もしなかった。こんなもんだと思い込んでいた。 でも、親しい地域の世話役さんに、『家の中にばかり籠もっていてはいけない。人にしてもらっても気にすることはない。受けた恩は若い人に順送りに返せばいい』と言ってもらった。それで気分が楽になって、ほうぼうに出かけるようになって、誰とでも話せるようになった」

 

さらに、こうした社会活動の他に、縫い物・編み物が、Aさんの生活時間のかなりの比重を占める。それは家族のためではなく、地域の人のためになされ、Aさんと地域の人とをつなぐ役割を果たしている。

 

「必要とされる」ことが元気を維持する そして、そのきっかけが、83歳の時にAさんが、夫の反対を押し切って購入したミシンだという。

 

Aさん「前のミシンが82歳で壊れて。新しいのは20万円以上するので迷ったけど、やっぱり欲しい。主人は『20万円以上するのを買うなんて。洋服を買っても死ぬまでそんなにかからない』と大反対。でも『どうしても欲しい』と頼み込んで。 年齢がどうとか、これから先どうなるなんて、全然考えない。とにかく一日、目の前のことだけ。そいでミシンが来て、何かすることないかなと思うて。そしたら近所の人が裾上げなんかで困っておられる。そいで『私が直してあげようか』と声をかけて、みんなが持ってきてくれるようになった」

 

83歳で購入したミシン。それがAさんに、以前はなかった地域の人との新しい付き合いをもたらし、90代の今の暮らしに彩りと「元気」を与えている。 次の語りを見てみよう。

 

春日「かなりの時間を、縫い物・編み物に費やされているのですが、何をされているのですか?」

 

Aさん「近所の人の洋服の直しやズボンの裾上げ。着物なんかも縫います。お金は本当はいらない。でも、タダでは気兼ねされるから、100円いただいてます。着物は、踊りをされる方の着物の縫い直しです。編み物は、地域の祭りのバザーに、ネックウォーマーとか小物をたくさん編んで、活動の資金にしてもらいます。それをやると気持ちが弾むから、必死になってやって楽しいんです」

 

このAさんの語りには、他の元気長寿者の語りと共通するものがあって、興味深い。それは、過重とも思える家事を日課にすることで、「元気」が維持されている点である。

 

さらに、自分たちの費やす時間や労力に比べ、与えられる対価は少なく、金銭勘定からすれば大きく不均衡という点も共通している。

 

しかし、他の元気長寿者同様、Aさんがそこから得ているのは、「気持ちが弾むから、必死になってやって楽しいんです」という言葉に見るように、日々「励む」ことのできる課題、それを達成する中で感じる「弾む」喜び、以前にはなかった地域の人との新しいつながり、その人たちに「必要とされる」「意味ある」日々である。

 

こうしたお金に換算できない「元気」な日々の出発点に、83歳時のミシンの購入がある。それが私には意味深く思われたのである。

 

 

以上、『百まで生きる覚悟――超長寿時代の「身じまい」の作法』(春日キスヨ著、光文社新書刊)から抜粋・引用して構成しました。

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