akane
2019/01/04
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2019/01/04
【寡言無患】沈黙 言葉にも時には休息が必要だ
「私は、クリスティーナが想像していたような民主主義を発展させなければならないと思います。私たちは子どもたちの期待に応えられる国をつくるため、最善を尽くさなければならないのです」
2011年1月12日。銃乱射事件が起きたアリゾナ州南東部のトゥーソンで、バラク・オバマ大統領列席のもと、追悼式が行われた。
この日の行事では、アメリカ大統領の演説史上、珍しいことが起こった。犠牲者の一人であるクリスティーナの名を口にしたオバマ大統領が、突然演説を止めてしまったのだ。会場にざわめきが広がった。「何かあったのか? 演壇のプロンプターが故障でもしたのか?」
チクタクと時計の音が聞こえるようだ。どのくらいの時が流れただろう。オバマは黙ったまま呼吸を整えた。呼吸と呼吸の間から、悲しみとやるせなさが入り交じった感情の塊があふれ出るようだった。
オバマが視線を宙に向けた。届くことのない、遥か遠いところを見つめているようだった。そして涙をこらえるように、しきりにまばたきをした。
込み上げてくる悲しみを抑え、気持ちを落ち着かせようとして、オバマは言葉をつなぐことができないでいた。肩が小刻みに震えている。
五十一秒の静寂が流れた後、オバマは固く歯を食いしばり、演説を再開した。彼の声は重く、空中を低く漂いながら、追悼客の胸に届いていった。
文字通り、「五十一秒の無言演説」だった。
人の心に響き、はっきりと刻まれた言葉は、簡単には忘れられないものだ。
この日のオバマ大統領の演説もまた、アメリカ国民の心に強い感動を刻み付けた。当時アメリカのメディアは、異例とも言える大統領の姿と彼の言葉の品位に賛辞を惜しまなかった。『ニューヨーク・タイムズ』は、「バラク・オバマは大統領として、二人の娘の父親として、毅然とした姿を示した。彼はアメリカ国民と言葉を交わすだけでなく、心を分かち合った。オバマの在任期間中で最もドラマチックな瞬間になるだろう」という記事を掲載した。オバマの演説がこれほど称賛される理由は何だろう。
彼はうまく話すために努力したというよりは、ある地点で言葉を内に収めることを考えたのだと思う。沈黙の価値と重みを十分に認識していたからこそ可能だったことだ。
古今東西を問わず、沈黙の価値はつねに称えられてきた。神学者のフリードリヒ・フォン・ヒューゲルは自身の姪に宛てた手紙の中で、「偉大なものの前では沈黙しなければならない。沈黙の内で言葉を育むのだ。言葉だけの討論は歪曲しかもたらさないだろう」と言っている。また、朝鮮王朝時代の文臣であり画家の金逌根(キム・ユグン)[1785~1840]は、「ものを言わずとも意思を伝えることはできるのだから、沈黙したからといって何の問題があろうか。我が身を振り返るに、沈黙すれば世の禍を免れることができるとわかる」という文章を残している。
沈黙という「非言語対話コミュニケーション」の力は大きい。沈黙には言葉で表現しきれない、さまざまな意味と価値が含まれており、しばしば百の言葉よりも重く、相手の心に深く届く。
何よりも、沈黙は失言を減らすための近道だ。言葉とは、思考と感情を盛った器だ。だから、それを考えなしに会話という食卓に上げてしまうと、必ず問題が起きる。
言葉が多ければ禍を免れない。憂いも増える。逆に、「寡言無患」という言葉通り、相手を傷つける言葉を減らせば、憂いも減ることになる。
西欧に「雄弁は銀、沈黙は金」という格言があるのを見ると、洋の東西を問わず先人の考えは同じだったようだ。
オバマの演説をもう少し見てみよう。オバマが黙って聴衆を見つめていた五十一秒の間、彼はただ涙をこらえ、感情を抑えようとしていただけなのか。いいや、オバマは明らかに沈黙の価値を知っており、それに基づいて無言の対話を試みたのではないかと思う。
オバマ大統領は演説の途中で口をつぐんだまま、自分も遺族と同じように痛みを感じているのだということを目と表情で表現したのだ。
彼の感情の奥深くに潜んでいた真心は、胸の扉を開き、沈黙という横道を通って追悼客の心へとたどり着いた。
「休暇」を意味する「バカンス(vacance)」という言葉は、「空っぽだ」という意味のラテン語「バカチオ(vacatio)」に由来する。つまりバカンスとは、がむしゃらに遊ぶことではなく、空っぽにすることであり、本当の休息とは、肩にのしかかる何かから自由になることだと解釈できる。
休息が必要なのは言葉も同じだ。もっともらしい言葉を休みなくまくし立てるばかりが能ではない。重要なのはうまく話すことではなく、ここぞというときに言葉をしまい込んで、真心を分かち合うことができるかどうかではないだろうか。
未熟な言葉は沈黙に劣る。
人間の最も深い感情は多くの場合、言葉ではなく沈黙の中にこそある。
以上、イ・ギジュ『言葉の品格』(光文社)から抜粋、再構成して掲載しました。
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