akane
2018/08/03
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2018/08/03
ヒラリー・ロダム・クリントン著『WHAT HAPPENED 何が起きたのか?』より
トランプの選挙運動に参加した匿名の上級職員は二〇一六年一〇月末に、マスコミに向かって自慢げに話した。「今、三つの大きな有権者抑圧作戦を行なっている」狙いは白人のリベラル派、若い女性、そしてアフリカ系アメリカ人だったという。
ここでいったん足を止めて、彼らが有権者抑圧をしていることを隠そうともしていないという事実を考えてみてほしい。たいてい選挙運動というのは、支持を求めて当選を目指すものだ。トランプは人々に、そもそもの投票をやめさせようとした。フェイク・ニュースやフェイスブックによる攻撃など、ロシアと同じ戦略も使った。卑劣なことだ。選挙後、トランプはアフリカ系アメリカ人に、投票に行かなかったことで礼を言いさえした。
だがトランプの行為は、民主党寄りの有権者に投票させまいとする、長期にわたる共和党の戦略の一つにすぎない。
ジョン・ロバーツ首席裁判官の下、最高裁判所が二〇一三年に投票権法(訳注:投票時の人種差別を禁じた)を骨抜きにしたことによって、制約が解けた。わたしは上院議員だった時代にこの法の再認定に投票し、九八対〇で通り、ジョージ・W・ブッシュ大統領がサインをした。だがロバーツ裁判官は基本的に人種差別は過去のものとなり、投票権法による保護はもはや必要ないという見解だった。これは裁判所が侵した最悪の間違いだ。
二〇一六年、一四の州が新たな投票制限を設け、学生や貧者、年長者や非白人の人々を追い返すのを目的とした身分証明書の提示が始まった。共和党は多くの州で、投票所の数や時間を制限し、期日前投票や即日登録の削減、英語を話さない人々のための援助を廃止し、たくさんの有権者の名前を、場合によっては誤って削除した。オハイオ州だけでも、二〇一一年以降で二〇〇万人の有権者が権利を奪われている。この活動の大半は、全州有権者登録点検プログラムと呼ばれる抑圧計画を進める、カンザス州の州務長官クリス・コバックが行なったものだった。
コバックは有権者抑圧運動のリーダー的推奨者で、最近、連邦裁判所での不当抗弁で罰金刑を受けた。トランプが「不正投票の幻の流行」を扱うために作った新しい委員会の会長代理でもある。
調査によると、アメリカで二〇〇〇年から二〇一四年のあいだに行なわれた一億以上の投票のうち、有権者偽装(替え玉投票)と思われるケースは三一だけだった。だがトランプは、二〇一六年に何百万人もが不法に投票したと主張した。『ワシントン・ポスト』の記事では、二〇一六年の一億三六〇〇万の投票のうち、有権者偽装とされた事例はたったの四件だ─トランプに二度投票したアイオワ州の女性も含めてだ。ミシガン州の法廷でトランプ自身の弁護士が確証した。「二〇一六年の総選挙はいかなる偽装や間違いにも侵されていないとする証拠がある」それなのにコバックと共和党は、投票権剥奪を正当化するために、偽装行為があったとする誤った主張をし続けている。
選挙以来、様々な研究が、こうした抑圧が結果に与えた影響の大きさを報告してきた。ウィスコンシン州のような、新しい投票法を採用した州は投票率が一・七ポイント落ち、法律の変わらない州では一・三ポイント上昇した。特に黒人の有権者に顕著な下落があった。新たなID法のある州では、アフリカ系アメリカ人の多い郡で投票率が五ポイント落ち、新しい法のない州の同様の郡では、二・二ポイントの減少だった。
二万二七四八票でわたしが負けたウィスコンシン州では、スーパーPAC〈プライオリティUSA〉の調査で、新しい有権者ID法によって、主に低収入の少数派の地域で二〇万人の投票が減ったとされた。ミルウォーキーでの投票率が一三パーセント減少したのは確実に分かっている。
これとは対照的に、近隣のミネソタ州では、同じような人口統計ではあるが投票に新たな抑制をかけておらず、アフリカ系アメリカ人の多い郡での投票率減少はずっと少なく、全体としての投票率はほぼ前回と同じだった。
投票方法を簡単にしたイリノイ州では、全体の投票率が五パーセント以上も上がった。アフリカ系アメリカ人については、投票率は、ウィスコンシン州よりイリノイ州のほうが一四ポイント高い。不人気なトランプ支持の知事の下で生活した経験が、人々を、さらに国が悪化するのを防ぐために投票に出かけようという気にさせたのかもしれない。
投票率はものすごく重要だ。選挙前、ウィスコンシン州のある民主党州議会議員は、新しい法律(有権者ID法)が、トランプが州の不安を煽るのに役立つだろうと予言した。その通りになった。
APは、必要な身分証明書を持っていなかったせいで追い返されるか、票を数に入れてもらえなかったウィスコンシン州の住人の何人かを調べた。国際免許証を持っていた海軍退役軍人、学生証の有効期限が切れていた大学を卒業したての人物、選挙日の直前に運転免許証をなくした、慢性の肺疾患に苦しむ六六歳の女性。この女性は社会保障カードもメディケア・カードも、政府発行の写真付きのバス乗車券も持っていたのに、それでも認められなかったという。APは、こうした権利を剥奪された市民を見つけるのは難しくないと報告した。
こうした物語には驚くし、腹が立つ。投票権は自由社会の基本であり、それを守ることが、民主制の強化に繋がる。だがあちこちの州で、まだ共和党はこれを続けている。ありもしない不正投票を根絶しようというトランプ大統領の妄執は、さらなる抑圧への隠れ蓑にすぎない。すでに二〇一七年に、二〇一五年と一六年を合わせた以上の州で、投票に関する抑止が行なわれた。一〇〇近い法案が三一の州で提出された。これは将来の選挙において、ますます緊急な課題になるだろう。
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