akane
2018/12/26
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2018/12/26
私たちは、認知機能を日常会話によって評価する方法(「CANDy」= Conversational Assessment of Neurocognitive Dysfunction)を開発しました。
なぜ、従来の検査ではなく、「CANDy」を作ったのか、その理由を少し説明しておきましょう。
現在、認知症のスクリーニング(ふるい分け)検査には、「MMSE」や「長谷川式認知症スケール」などが使われています。
「今日の日付は?」「100から7を引いてください。それから7を引くと?」「3つの言葉を言いますので、言ってみてください。あとで聞くので覚えておいてください」といった検査項目を、見たり聞いたりしたことのある人もいるでしょう。
これらの検査は、高い信頼性や妥当性のあることが検証されていますが、問題もあります。それは、問いに正解・不正解があり、能力を試されていることがはっきりわかることです。
そのため、検査そのものへの抵抗感や、正解できないことによる自尊心の低下、それらに伴う検査者への否定的な感情などが起こり、中には検査を拒否したり、怒り出したりする人もいます。
認知機能検査に対する苦痛の度合いの調査では、認知症の人の場合、重度の苦痛のある人が17パーセント、中等度の苦痛のある人が23パーセント、軽度の苦痛のある人が30パーセント。合計すると70パーセントもの人が、「苦痛がある」と答えているのです。
同様の認知機能検査は、運転免許の更新時にも行われています。
2017年に道路交通法が一部改正され、75歳以上のドライバーは全員、運転免許更新時に認知機能検査を受けることになったためです。その日の日付や時刻を答えたり、絵を見て記憶し、あとでなんの絵だったかを答える、といった内容です。
この検査で、「認知症のおそれがある」という結果が出た人は、後日医師による検査・診断を受けなければなりません。
これを受けて医療界では、「いきなり大勢の高齢者が専門医に診断を受けに来たら、きちんと対応できるのか」との危機感がありました。
ところが、心配したような事態には至りませんでした。というのも、実際には運転免許の書き換えをせずに、返納した人がかなり多かったようなのです。
この話をすると、大多数の人は「返納者が増えてよかった」と言います。あなたは、どう思いますか?
たしかに、ブレーキとアクセルの踏み間違いによる死亡事故など、認知症の人による重大事故を受けて、これまでさまざまな返納対策がとられましたが、効果が上がりませんでした。返納者が増えたのは、事故を防ぐという意味ではいいことでしょう。
けれども、なぜ、返納者が増えたのでしょうか。これまで頑として返納を受け付けなかった人が、なぜ返納したのでしょうか?
その理由は、認知機能検査の結果が悪かった場合には、必ず医師の診断を受けなければならないという、そのことが苦痛だったからではないでしょうか。中には専門医には診てもらわないで、かかりつけ医に相談した人も多かったようです。
免許更新時に傷ついたプライドが、専門医の診断によってさらに傷つき、ズタズタになってしまう。そんな事態を避けたいと思う気持ちは想像がつきます。
あるいは家族が、受診に二の足を踏む本人を見て、チャンスとばかりに返納を勧める、といったケースもあったかもしれません。
いずれにせよ、自分のプライドを守るために運転を諦めたとしたら、それは喜ぶべきことなのでしょうか。
自動車は、一人きりになれる場所であり、誰かと一緒に乗れば、その人とより親密になれる場所でもあります。さらに、自分の意思でどこにでも行けるという、自由の象徴でもあります。長年運転をしてきた人にとって自動車は、単なる移動手段ではないのです。
もちろん、危険な運転を放置していいというのではありません。しかし、特別な存在である自動車を、ギリギリのところでプライドを守るために、諦めざるを得なかった人がいることに、思いを馳せてほしいのです。
話がそれました。これまでの認知機能検査は、受ける本人だけでなく、検査者にもストレスがかかります。検査者であっても、目の前にいる相手の能力を測ることには、少なからぬ抵抗感があるのです。
その上、検査される人が不快感や怒りをあらわにしたり、塞ぎ込んだり悲しんだりする様子を目の当たりにし、時には罵声を浴びせられたりもします。
家族も、「もしかしたら認知症ではないか」と、心配して検査に連れて行くのですが、本人の落ち込んだ様子を見れば「やめておけばよかった」と、自責の念に駆られます。また、怒りの矛先を向けられることもあります。
本人にとっても、家族にとっても、検査者にとっても、つらい検査なのです。
とはいえ、その時点での認知機能を正しく把握することは重要です。
では、どうするか? 正解・不正解がなく、抵抗感もない評価法を作れないだろうか。
そのような思いから生まれたのが、「CANDy」です。日常会話をするだけですから、「CANDy」には正解・不正解がなく、能力を評価されているという抵抗感もほとんどありません。
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以上、『認知症の人の心の中はどうなっているのか?』(佐藤眞一著、光文社新書刊)から抜粋・引用して構成しました。
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