2021/03/26
吉村博光 HONZレビュアー
『お金のこと何もわからないままフリーランスになっちゃいましたが税金で損しない方法を教えてください!』サンクチュアリ出版
大河内薫、若林杏樹/著
私は、昨年3月に会社を辞めた。当時、まさにこのタイトルのまんまの状態だった。定年まで勤めあげて、悠々自適の老後という人生設計が崩れたこの時代、私と同じ状態に置かれる人は増えてくるだろう。そういう諸兄からみれば、私は人生の先輩である。エッヘン。
本書は、日本大学芸術学部卒の税理士・大河内薫さんと新米フリーランス漫画家・若林杏樹さんのコンビが、会社員からフリーランスになる際につまずきがちな税金の知識について説明したものだ。もともと私は、何をどこまで確定申告する必要があるのかすらわからなかったが、本書を読んで税金の仕組みの概要が分かりホッと一息つくことができた。
この本に出会っていなければ、社労士やFPの講座などに通うなどしてこじらせてしまっていたかもしれない。心理的障壁を超えるには、あまり困難な壁に挑まない方が良い。低いハードルを越えながら、身体をならしていくのが一番だと感じた。本書はいわば大恩人である。先日、生まれて初めての確定申告を無事終えることができ、近日中に還付がされる予定だ。もはや、苦手意識などなく、後に続く人々に説明してあげたいくらいだ。
時々コラムが挿入されているが、本書は基本的に漫画だ。読むのに時間はかからない。かつ、登場人物のキャラクターがしっかりしていて、十分に楽しめる。例えば税理士先生が、所得税や住民税、事業税など新たな税金について説明をはじめるたびに、新米フリーランス漫画家は布団を引っ張り出してきて寝込んでしまう。私も会社を辞めた当時は、住民税や社会保険の支払いが次々とやってきて、布団をかぶりたくなったものだ。
源泉徴収で引かれていながら、確定申告をして税金の2重どりをされるのかと疑心暗鬼になるシーンは、いま読み返してみても笑える。原稿料を請求して、消費税を預かるとともに源泉徴収されるということを体験しながら、この一年をかけて私も、企業とフリーランスのお金と税金のやり取りを実地で学ばせてもらった。そして、最終的に1年分を確定申告するのだ。今後、事業が軌道に乗るようになれば、本書でも触れられている「ふるさと納税」の仕組みを利用したいと思った。
そもそも会社員でも、総務や経理などの部署の人やお金に興味がある人から見れば、常識的なことがたくさん書かれていると思う。でも営業や製造などの業務に携わってきていて、お金まわりのことは会社任せだったという方がいれば、絶対に役に立つ本だ。一気にキャッチアップした感がもてる幸福感満載の本である。これまで知らなくて損をしてきたことを後悔し、お得なことを求める気持ちにスイッチが入るかもしれない。
「あとがき」を読めば、芸術学部を出て夢あるフリーランスたちを税務の面から支え、やがて本書をまとめることになった大河内先生の熱い思いが伝わってくる。漫画を見ると髪型や服装もお洒落で、きっとアーティストの皆様も相談しやすいに違いない。そして、その漫画の筋書きを読む限り、フリーランスの人向けに対応した税制や実務面の知識を常にアップデートしているようだ。
じつは私も、個人事業を始めるにあたって、様々な「先生」に会って相談を重ねてきた。同じ質問を投げかけても、人によって答えが異なることがたくさんあった。資格を武器にして生きている人と、常に更新されていく知識を武器にして生きている人がいた。こちらにしてみれば、過去から答えが返ってくるか、未来から答えがかえってくるかの違いのように感じられる。
過去に合わせて将来を決めても、周囲に取り残されてしまうだけだ。社会は変わり続けている。結局こちらとしては、大河内先生のような身なりでこちらの質問に親身になって答えてくれる方のアドバイスを聞くことになる。そういう人との出会いは、残念ながら、大概は役所の窓口ではなかった。今回あらためて読み返しながら、そんな重要なことをこの本は表現しているように感じた。変化のスピードが速い時代は、誰を信じるかがめっちゃ重要だ。
『お金のこと何もわからないままフリーランスになっちゃいましたが税金で損しない方法を教えてください!』サンクチュアリ出版
大河内薫、若林杏樹/著