「歳上の女」はズルいほうがいい『ババア★レッスン』

内田るん 詩人・イベントオーガナイザー

『ババア★レッスン』光文社
安彦麻理絵

 

安彦センセーってば、またも強烈なワードで攻めてきましたね~。「ブス」に続いて「BBA(ババア)」。私はなぜ、この2語がこんなにも恐ろしいんだろう…てかこの2語が怖くない女性なんているのだろうか。言う方は軽いジョークのつもりかもしれないが、これらのフレーズには単なる侮蔑の言葉以上の呪いが詰まっている。

 

日本社会で女性に求められている主な役割は、クッションと潤滑油だ。コミュニティの中で愛嬌や気遣い、水面下の根回しなどを駆使し、男性中心の社会をうまく回すこと。そのために女性ならではのキャラ枠に押し込められる。美人だのセクシーだの癒し系だのお母さん役だの。そしてそれらから外れた者は、「ブス」「ババア」「ビッチ」などに自動的に振り分けられる。
別に不美人であろうが年を召そうが多情であろうが、人生において特別に不遇になる理由はない。あなたの周りを見渡して、楽しそうに生きてる人は全員「禁欲的で一途な若い美女」か?んなわけない。

 

じゃあ、なんでこういう「キャラ分け」が怖いか。それは社会やコミュニティの中で、「見下されて虐げられる」のが自分の「役割」になってしまうからだ。
一度「ブス」などの侮蔑の烙印を押された人間は、たいがいは抗うことなく、みずから自虐ネタを振ったり、自嘲的な態度を身につける。それが求められる役どころだと空気を読んでいるのってのもあるし、相手から言われる前に「私はブスだってちゃんと自覚してますから!」と振る舞うことで、コミュニティのヒエラルキーにちゃんと准じている「構成員」だと主張し、自分の居場所を守ろうとする心理もあるだろう。

 

個人が社会に押しつけられた役割を自分の力で捨てるのは、戦う意志がなくては絶対に無理だ。「制度に立ち向かう」という意志。その場の空気をぶち壊す、革命家やアナーキストのような、「は? 私がブス? え、喧嘩売ってるの?」と返せるガチの真顔が。
「そんな大げさなこと言わないでも、自分磨きして、ブスやババアと呼ばせなきゃいいじゃん?」と思う人もいるかもしれないが、実は「ブス」「ババア」呼ばわりを受け入れてる人はたいがい、そこそこ美人だったりセクシーだったり可愛いのだ。顔も年齢も、本当は関係ない。単に「コミュニティの中で実権を取るために動けない」という人が、「ウスノロでマヌケな人間」として、そういった侮蔑的な立ち位置を強いられている(または「ヒエラルキーの上位に行けなかった」という挫折感が自らをその地位に置かせている)のだ。

 

社会はとても巧妙にできている。純朴で従順な女性たちを侮蔑対象に置き、目端の利く女性を実務係として重く扱い、さらに性的魅力の寡多などで、もともと男性社会から虐げられている女性たちの中に新たなヒエラルキーを生み出し、それぞれが分断され、「あの人たちよりはマシに扱われてる」という安心感や「ああはなるまい」という恐怖を与えられ、支配されている。

 

このシステムがあるからこそ、他人と信頼関係を持てない人間でも、相手の人格を無視したまま他者を力関係でコントロールし、一般社会生活や「友人」「恋人」「夫婦」関係にも参加できる。そうやって「社会」を、繋げている。
この世の中は、イジメの構造と全く変わらない。

 

じゃあ、その矮小なヒエラルキーからどう抜け出すか。建前があるから嘘が生まれ、嘘を共有するうちにイジメが生まれる。そんな建前は、ブっ飛ばしてしまえばいい。

 

安彦センセーはかつてその漫画作品の中で、女たちの恋愛やセックスにまつわるあらゆる建前を捨てさせてくれた。「好きでもない男にも勃起されてえ!」「ヤるだけヤってトンズラこきてえ!」「セックスしてから焼肉食いてえ!」…ありがとう安彦センセー!! 私は10代の時に先生の作品に出会えて人生が変わりました! そーなんですよ、そーなんですよ、「好きな人とだけセックス」みたいな綺麗事、ほんとはどーでも良かったんです! ビッチとかヤリマンとか言われたくなくて、そういうアクティブな友人らと距離を取りつつ、実はちょっと羨ましいと思ってたんですよ!

 

自分の本音が、面白おかしいイケてる漫画作品になってるだけで、私は自分のベットリした感情をすっかり肯定できた。
そして今、安彦センセーはまたも、アラフォーとなった私が言って欲しい言葉をくだすった…。それは「歳をとっても好き放題に生きたい! オシャレもしたいしモテたいし、どうせなら歳取った分、もっと充実したい!」女の業!性(さが)!すべてを内包したワガママを、どうか許して!

 

この本の中で安彦センセー(48歳)は、イカしたババアになるために色々と探求していく。着物、七号食、『氷の微笑2』、ダイアン・キートンとジャック・ニコルソンのセックス描写、そして「ババア」と呼んで欲しい男性NO.1の毒蝮三太夫の番組収録にまで飛び込んでいく…(すごい楽しそう)。

 

10代の頃、周りの年上の女性たちを見て、なんだか侘しいと思った。若さを失うほどに隅に追いやられることを知っていて、その恐怖が常に翳っていた。でも、自分が彼女らの年齢(今思うと、皆さん当時25歳とかなんだけど)になってみると驚いた。ついこないだまで17歳だったのに、一瞬で歳を取っちゃった!中身はそんな変わってない。なのに「もう若い女のつもりでいるんじゃないよ」なんて、無理! 受け入れがたい! 勝手にプレッシャー与えないでよ。こっちはまだまだ未熟女未満だっつーの!

 

本当にさ、この「BBAレッスン」に出てくるレジェンドBBAほどじゃなくても、イケてるなって思える年上の女性ともっと出会わないと、「どうやって歳をとったらいいか?」がわかんなくて不安になるよ。てか、「普通の平凡なおばちゃん」こそ、実は幻想の存在で、そんな人は実在しないから、お手本にならない! そんなの目指しても無理! この社会において、すべてのBBAは何かしら後ろ指を指されながら生きてる(ジジイもだが)。それなら楽しく生きてるもん勝ちでしょ?

 

人生を我がものとし、できれば中尾ミエみたいな最強な役どころを掴みたい!「おばちゃん」の既得権益を最大限に活用し、野生動物のようにしなやかにたくましく生きたい! そんで若い子たちに「ズルい!ババアって楽しそうでズルい!」って言わせたい!
やっぱ「歳上の女」はズルいのが良くない?

 

安彦センセーはいつだって、「女の呪い」と体当たりで向き合っている。性的弱者でいる恐怖、老いて女扱いされなくなることへの不安…。「女の中の女」でありたいという欲望を抱えながらも、自分らしく人間らしく生きたいという葛藤。自分の本当の気持ちを隠したがる弱さと戦っていかねば、人は強くなれない。
私もまだまだBBA道の三合目くらいだけど、老いていく上で本当に一番怖くて重要なのは、「私、ちゃんと歳をとれたかな?」という自分への問いだと思う。

 

『ババア★レッスン』光文社
安彦麻理絵/著

この記事を書いた人

内田るん

-uchida-run-

詩人・イベントオーガナイザー

1982年 東京生まれ神戸育ち。イベントオーガナイザー、詩人、フェミニスト、ミュージシャンなどいろんな肩書きのある無職。20代を無力無善寺、素人の乱、など高円寺の磁場の強い店での修行(バイト)に費やし、今は草取り・断捨離・遺品整理業を個人で請け負っている。文筆の仕事も。


・Twitter:@lovelove_kikaku

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