生き方の方向性を決めるスキルとは!?|佐渡島庸平『観察力の鍛え方』

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『観察力の鍛え方 一流のクリエイターは世界をどう見ているのか』SB新書
佐渡島庸平/著

 

 

観察の重要性を説く本である。「ドラゴン桜」「宇宙兄弟」といったメガヒットを世に送り出し、新人漫画家の育成にも取り組む著者が、観察について深く考えを巡らし、分析的にまとめた。

 

著者はまず、観察は様々な能力につながる「ドミノの一枚目」と表現する。何事においても観察から始まる、という意味だと解釈できる。そして著者の指摘する観察のサイクルは興味深い。著者は、観察のサイクルは、仮説・観察・問いの順で回すと良いと説く。行動を起こすときには、振り返り・計画・実行の順でやるのが効果的で、これを思考のサイクルにあてはめると、仮説から始まるのが効果的だと考えるからだという。

 

さらに具体的には、観察には愚直なディスクリプション(言葉による表現)が重要だと強調する。見たものをちゃんと言葉にする。言葉にしていると、自然と問いが浮かんできて仮説が生まれるという。仮説があると答えを探すつもりで見ることになるので、主体的に見ることにつながり、観察が進むという。

 

そして外部の評価を参照軸とするのも効果的だという。外部の評価なしで仮説をつくると、思い込みの強い仮説が生まれ、独りよがりになりかねないので、観察のサイクルが止まるリスクを回避するためでもある。ただそこでは、他者の評価や見方に合わせるのではなく、あくまで仮説として借り、それに反論するぐらいの気持ちを持つと良い観察になるという考えを示す。

 

著者は「型」の考え方についても触れる。オリジナルとは歴史の中で生き残った型と型を組み合わせた時に生まれ、いかに遠い型と型を組み合わせるかで新しいものが生み出される、という指摘もおもしろい。本書に紹介されるワインと京料理を組み合わせるような事例である。さらに型は真似る行為から生まれるという主張にも納得できる面がある。

 

一方で著者は、観察がいかに歪むか、という点についても指摘する。それには様々な「バイアス」が関わってくるからである。自分が見たいものだけを見る「認知バイアス」は特に観察を歪ませると指摘する。自分の思い込みや周囲の環境など様々な要因により、非合理な判断をしてしまう心理現象のことだ。

 

仮説を持ちながら世界を観察しているときに、仮説を補強する情報ばかりが目に入り、それ以外の情報を排除しやすくなる「確証バイアス」も観察が歪む要因の一つだ。確証バイアスがあると、もっとしっかり調べておけばよかったとか、周囲の声に耳を傾けておけばよかったといった反省で事後に後悔することになるが、確証バイアスをうまく使うことで成功する場合もあるので、この点はなかなか複雑である。

 

さらに、ポジティブな情報よりネガティブな情報に注意を向けやすくなる「ネガティビティバイアス」というものある。暮らしや仕事にどんな危険が潜んでいるかわからない社会や時代であるが、このバイアスが必要以上に人を不安に陥れ、行動を阻害している可能性があると著者はいう。 

 

ただ、失敗の姿が多様なことと、失敗する確率が高いことは別であり、実際には拍子抜けすることも多いというが、このバイアスで不安を募らせる人も多いだろう。そこでバイアスの影響を受けすぎないようにするには、「起きていることは全て正しい」と考えることが重要だと著者は強調する。著者が若い時に知人にかけられた言葉だというが、「予想外のことが起きるのは正しいこと、そういうものだ」と思い、その瞬間を楽しむようにという著者の姿勢は参考になる。

 

本書は上記のような観察のヒントを、著者自身の経験も交えて導き出す。それは決して観念的ではなく、あくまで現実に立脚した姿勢である。現実を観察する中で、どう判断するか、あるいは保留するか、心の持ちようの重要性を気付かせてくれる。著者自身が記すように、「観察力についてのいい観察ができた」本であるが、読む人一人一人に対して、自分の生き方についての観察力を磨いてくれるテキストとしても読むことができる。

 

『観察力の鍛え方 一流のクリエイターは世界をどう見ているのか』SB新書
佐渡島庸平/著

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ビジネス・経済分野を中心にジャーナリスト活動を続けるかたわら、ライフワークとして書評執筆に取り組んでいる。英国の駐在経験で人生と視野が大きく広がった。政治・経済・国際分野のほか、メディア、音楽などにも関心があり、英書翻訳も手がける。

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