国って必要なのだろうか? 国家という人工の便宜的なシステムが持つさまざまな矛盾

藤代冥砂 写真家・作家

『無国籍と複数国籍』光文社新書
陳天璽/著

 

今回手にした『無国籍と複数国家』を読み進めていると、ジョン・レノンさんの有名な曲『イマジン』がいつの間にか心の中で響いていることが多かった。「国なんてないんだと想像してごらん」というフレーズは、まさに本書の内容に寄り添ったもので、きっと多くの読者が、国ってなんだろう? 必要なのだろうか? と自問するきっかけを持つだろう。

 

いわゆるグローバル化によって、国と国との関係だけが、国際関係というものではなくなってしまったのは周知だが、経済的な観点だけでなく、国を超えた人の流れや暮らし方に目をやると、まだまだ国家という縛りが、実際的な人の暮らしとうまく重なっていないケースが多々ある。

 

本書内には、その様々なケースが並べられ、私を含め、日本という国に住む者にとって、国内外やそのボーダーではこんな不条理や歪みが、普通にあることに驚くだろう。

 

著者の出自もそのひとつのケースとして記されていて、驚いたことに、著者は「無国籍」という者として生きて来た三十年間の期間があるということだ。「無国籍」という籍が存在することと、それを有する者がいるという事実は、ちょっとした落とし穴に足をとられたようで、呆気にもとられた。著者自身も以前に「無国籍」という本を出版し、結構反響があったにも関わらず、いまだに無国籍の存在を知らない人が多いと嘆いている。

 

だが、これはもちろん笑い話ではない。無国籍者のほかにも、複数国籍者がいて、後者はなんとなく利点が多くありそうなのだが、ここにも被差別や偏見があり、それがどんなに本人たちに負のストレスを与えているかは言うまでもない。

 

その痛みは、常時に常に現れていることの他に、非常時に現れることもある。たとえば、コロナの時に、日本国内で納税もして32年間問題なく暮らしていたフランス人は、急に外国人として扱われ、日本在住者として受けられるべきものが受けられなかったという。

 

この他にも、本書で挙げられている例を苦いものを飲むように読んでいくと、国家という柵が、本来持つべき市民を守るという点で、さまざまな矛盾を含んでいることが露わにされて、ため息が出る。

 

おそらく日本人に限らず、未来の世代はオンラインだけでの交流だけでなく、実際に海外に住むことも多くなるだろう。彼らの暮らし方、権利の保証、経済活動などの様々なファクターにおいて、国家という人工の便宜的なシステムが古いものになっていくことも想像できる。

 

本書を読みながら、この中で、不条理な暮らし方を強いられている無国籍、複数国籍の方々のドキュメントが多くの読者を得て、何かの変化へのきっけになることを願ってやまなかった。

 

『無国籍と複数国籍』光文社新書
陳天璽/著

この記事を書いた人

藤代冥砂

-fujishiro-meisa-

写真家・作家

90年代から写真家としてのキャリアをスタートさせ、以後エディトリアル、コマーシャル、アートの分野を中心として活動。主な写真集として、2年間のバックパッカー時代の世界一周旅行記『ライドライドライド』、家族との日常を綴った愛しさと切なさに満ちた『もう家に帰ろう』、南米女性を現地で30人撮り下ろした太陽の輝きを感じさせる『肉』、沖縄の神々しい光と色をスピリチュアルに切り取った『あおあお』、高層ホテルの一室にヌードで佇む女性52人を撮った都市論的な,試みでもある『sketches of tokyo』、山岳写真とヌードを対比させる構成が新奇な『山と肌』など、一昨ごとに変わる表現法をスタイルとし、それによって写真を超えていこうとする試みは、アンチスタイルな全体写真家としてユニークな位置にいる。また小説家としても知られ著作に『誰も死なない恋愛小説』『ドライブ』がある。第34回講談社出版文化賞写真賞受賞

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