なぜ家具店のIKEAがホットドッグを売っているのか『IKEAマニアック』

大杉信雄 アシストオン店主

『IKEAマニアック』河出書房新社
森井ユカ/著

 

 

イケア(IKEA)に行くと、入り口でいきなりアイスクリームやホットドッグが売られていて、筆者も出かけるとつい食べてしまうが、なぜ本業の家具や生活雑貨とまるで関係のないスナックを売っているのか、ご存知だろうか? しかも驚くほど安価で。

 

実はイケアがこのような「おやつ」のカウンターを始めた歴史は浅くて、90年代の後半になってから。なぜおやつを売るようになったのか、長らく不思議であったが、先日亡くなった創業者カンプラード氏の評伝『イケアの挑戦 創業者は語る』(バッティル・トーレクル/楠野透子訳/ノルディック出版)でその答えを見つけた。

 

カンプラード氏によると、イケアの店に足を運ぶお客さんというのは「経済的に余裕のない人たち」なので「ちょっと安い」ではなくて「明らかに安い」ことを期待している人たちである、と。しかし生活用品、ましてや家具というのは「安さの基準」というものが不明瞭なので直感的に「イケアって安いね」とはなかなか思ってもらえない。さらにいくらデザインの優れたソファー作って、それを激安で売ったところで、大多数の人はそれを高級店と比較することもないだろう、と考えた。なぜなら、そもそも高級家具店に足を運ばない人が、家具市場における「ソファーの相場」など知るよしもないからだ。

 

そこでカンプラードが考えたのは、一般的なスナックスタンドで当時15クローネで売られていたホットドッグをわずか5クローネで売ることだった。

 

つまりホットドッグは庶民の食べ物だから、駅やコンビニで売られている標準的な値段を誰でも知ってる。だからこれを激安で売れば、この店で売っているモノは安いんだな、ということが直感的に伝わる。もちろんイケアは店舗販売が基本の会社だから「ちょっとおやつを食べにく」感覚で店に来てもらうきっかけにもなるだろうと。

 

画面キャプチャ出典:https://www.ikea.com/jp/ja/catalog/categories/departments/food/

 

このビジネスモデルは成功して、さらにイケアはマグカップや乾電池、LED電球などの製品にその手法を広げてゆく。カンプラードは続けてこう言ってる。「会計の専門家は粗利益マージンを一定に保持しなければならないというけれど、そうするとお客さんを “ええっ!” と思わせる商品は店の隅へと追いやられる。パーセンテージがどうしたという話が出たら必ずこう言い返すことにしてるんだ」と。「わたしはキャッシュフローの意味など分からないが、懐にいくら持っているかは分かっている」。

 

イケアは世界で355店舗、年間に10億人に近い人が訪れるのだそうだ。そして働く人たちはデザイナーだけで社内外100名、新製品は年間2000種類。常時1万点の商品がある、巨大な雑貨「市場(いちば)」だ。なのでモノ好き、デザイン好き、仕組み好きは、どうしてもイケアの「後ろにあるもの」が気になって仕方がない。覗いてみたい、というのが心情だろう。

 

これだけたくさんの人が働いているんだから、社食はどうなっているんだろう?とか。全世界統一されているのであろう制服の細部はどうなってるのか?など。なので特に買うものがなくて、ぶらぶらして、店内の表示板とか、倉庫にある製品のナンバリングの振り方だけ見て「よく考えてあるなー」とか思って、ソフトクリームだけ食べて帰ってきたりというイケアの楽しみ方もある。

 

それで、そういう我ら同輩に読んで欲しいのが、森井ユカ著『IKEAマニアック』という本。ページを開いていきなり「IKEAの改装現場」のカーテンは覗き穴が付いている、というエピソードから始まってしまう。そして次は店内のPOPや値札のデザインについて。さらに日本各店の社内ゾーンに森井さんが潜入して、社食でご飯を食べ、店舗施設のゴミ収集場所にも行き、制服の細部チェックする。

 

さらに取材はスウェーデンのイケア本社へと続き、試作品ファクトリーや、カタログ制作を行なっている撮影スタジオの現場にも。読者が見たいものをちゃんと押さえてくれている現場写真、ブツ撮り写真が憎い。そういう意味で、本としての見やすさ、楽しみやすさは森井氏の『スーパーマーケットマニア』などから続く「マニア」本と同様で、情報もテキストも実はがっつりてんこ盛りなのだが、編集デザインの良さで、スラスラ読めてしまう。

 

この本は、イケアを訪れたヒトならみんなどこかで感じている「イケア的なもの」って何なのか?これを辿る著者の取材や、モノを観察することから得た発見や考察がまずある。それだけでも面白くて、驚くべきことなのだが、この本は次の段階としてそこから得た莫大なデータをどんなふうにしてまとめるのか、読者を楽しくませるのかという、編集デザインの妙がある。

 

途中に挿入されているコラムも秀逸で、青いビニールバッグから全長70センチのサーモン型バッグを作る方法を解説してみたり。この本自体が、まるで巨大なイケアの店内の順路をうねうねと辿るように読ませていく、つまりこの本自体が見せるデザイン=「情報デザイン」であり、お店的な構造になっている。そういう入れ子構造の楽しさがあるから、よくある雑貨のカタログ本と一線を画していて読み応えがある。読者と著者が一緒になって掘り出し物を探している感覚がある。

 

現代グローバル企業の代表格として考えられているイケアは、日本の家具店の「脅威」として伝えられることも多いが、その細部を見てゆくと、どこか「ヒトなつっこい」面白さが垣間見られる。モノづくりやお店作りを実際の職業にしているヒト、イケアにはまるで興味のないヒト、むしろイケア嫌いだわ、と思っている人にも楽しめる一冊だろう。

 

『IKEAマニアック』河出書房新社
森井ユカ/著

この記事を書いた人

大杉信雄

-oosugi-nobuo-

アシストオン店主

1965年、三重県生まれ。良いデザイン、優れたインターフェイス、使う楽しさを与えてくれる製品を集めた提案型の販売店「アシストオン」店主。


「アシストオン」:http://www.assiston.co.jp

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