甘さも辛さも、かぶりついて味わう。まるで人生のように。「ひとりじめクリスマスチキン」
細川芙美『#深夜のひとりじめ飯』

episode 4
リコ(会社員・29歳)の「#ひとりじめ飯」

 

 

――もともとそんなに好きだったわけじゃない。特に結婚も考えていなかったし、大きなダメージは受けていない。もう一週間も前のことだ。ただ、別れた時期がクリスマス前だったっていうだけの話。

 

だらだらとテレビを見ながら昼間からお酒を飲んでいると、ふとした瞬間無駄なことまで考えてしまう。そのたび自分にこう言い聞かせる「大丈夫、気にすることはない」。

 

先週、付き合ってきた彼氏と別れた。クリスマスに年末年始、12月は一年で一番イベントは盛りだくさんだ。「この時期に別れるカップルなんてヒサンだよね~」と先月女友達を話していたのに、まさか自分がそうなるとは。彼に渡すプレゼントも用意していたのに、本当に想定外のことって起こるものなんだな。

 

しかも今年に限ってクリスマスは祝日、三連休の最終日だ。このタイミングで友達に声をかけたって、どうせみんな予定が入っているに決まっている。そう思い、今年のクリスマスはひとりで家にこもって過ごすことにしていたのだ。

 

昼間から飲み始めたビールはもう3缶目。彼氏と飲もうと思っていた“ちょっといい白ワイン”に手を伸ばしたとき、おつまみがなくなってきたことに気づく。「…買い出しに行くか」すっぴんにスウェットの私。今日こそできるだけ一人で外に出たくなかったが、近くのスーパーくらいなら大丈夫だろう。重い腰を上げ、スウェットの上から長めのコートをさっと羽織ってドアを開けた。

 

ピュッと強い風が吹く街は、明らかに浮き足立っていた。カップルはもちろん、家族連れの幸せそうな笑顔が胸にずしりと突き刺さる。またしても邪念が頭を遮りそうになる。「だから、別に結婚とか考えていたわけじゃないじゃん!」今日ほど、デートスポットと言われる街に住んだことを後悔した日は、あとにも先にもないだろう。

 

目的地のスーパーに着いた。いろいろと物色していると、大きな骨つきのもも肉に目がとまる。474円? ひと目で決めた、今日はこれにしよう。ひとりで過ごすなりに、贅沢に贅沢を重ねよう。これでクリスマスチキンを作って、私だけのクリスマスを楽しんでやる。一番大きなもも肉を選んでカゴに入れ、レジへ急いだ。

 

帰宅後、すぐにキッチンに向かう。まずは骨つきのもも肉の下ごしらえから。骨に沿って切り込みを入れ、食べやすいようにする。ヨーグルトと牛乳をトロッとするまで混ぜたら、塩をふったモモ肉をその中に漬けておく。やわらかく、肉の臭みを取るためのひと手間だ。本当なら1時間くらい漬けておきたいところだけど、すぐ食べたいから最低限の時間で。

 

「え~っと…あ、あった」この前買ったブルーチーズを冷蔵庫からゴソゴソと発掘。贅沢レベルをアップさせるためにブルーチーズソースを作るんだ。構想はすでに頭の中にある。

 

マヨネーズとヨーグルト、ブルーチーズを混ぜているとき、またしても邪念がやってきた。「…バカだな、あいつ。こんなに料理ができる私を振りやがって」――たぶん、掃除も洗濯もそつなくできる方だと思う。ちゃんとワイシャツにアイロンもかけてたし、毎日お弁当も作ってた。それなのにあいつ、このタイミングで別れを切り出すってどういう神経してるんだ。イライラが募るとくるくるとソースを混ぜる手に自然と力が入ってしまう。

 

ソースが滑らかになったら、塩・胡椒を加え、隠し味にお酢を入れる。酸味を加えると、ソースにしまりが出るのだ。よし、できた。ソースよ、いい仕事してくれよ!

 

そろそろもも肉がやわらかくなってきた頃だ。今日の衣は特別。パン粉と小麦粉を合わせ、チリパウダーとパプリカパウダーを少々。サックサクの食感はもちろん、揚げたあともおいしそうな色味に見せるための私なりの工夫である。ギュッギュっとしっかり衣をつけたら、いざ油の中へ!

 

熱した油の中でもも肉がパチパチと音を立てている。お肉を入れたら、しばらくは触らない。じっくりゆっくり揚げていく。今日はひとり分だから揚げ油も少なめだ。お肉全体が沈んでいない分、スプーンで暑い油をかけてあげる。なんでだろう、揚げものをしてると、イライラが少しずつ落ち着いていく気がする。5分ほど揚げたら、いったんバットに移して余熱で火を通し、来たる二度揚げまで備える。この間にもうひとつ。お肉につけるチリソースを作ろう。バターとにんにく、チリソースを小さめのフライパンに入れてグツグツと溶かす。うーん、バターのいい匂い!

 

さあ、5分経ったので二度揚げを開始。もも肉の二度揚げは、中火でガガッと揚げるのが正解である。余熱で中まで火が通っているので、周りにいい感じの色味をつけてあげるイメージだ。こうすると中はしっとり、外はカリカリの状態に仕上がる。おいしそうな揚げ色がついたら油を切り、先ほど作ったチリソースをお肉につけていく。てりてりになるように、へらでくまなく塗っていく。ああ、チキンが光っている。楽しい、これからこのチキンを私は食べるんだ!

 

仕上げにパセリのみじん切りを散らし、ブルーチーズソースを添えて完成。足早にリビングにチキンを運び、テレビをつけたらクリスマス特番が始まっていた。つやっつやのチキンにがぶりつくと、狙い通り外はカリカリ、中はしっとりジューシーだ。途中で“味変”したくなったら、ブルーチーズソースをじゅわーとかける。おいしい! 酸味がさらに私の食欲を駆り立てる。今、きっとすごい不細工な顔をして肉をほおばってると思う。こんなに大口開けてるもんね。でも、いいのだ。今日はひとりだから気にしないのだ!

 

「あ~、すっきりした」――満腹でふーっと一息をつく。自分でもびっくりするくらいの速さでクリスマスチキンに平らげた私は、すがすがしい気持ちだった。今、間違いなく世界中で一番私が幸せだと思う。

 

今日の夕飯はこれでいいや。お行儀が悪いのはわかっているけど、そのままソファーに横になった。食べたあと、ごろごろできることほど幸せなことはない。外のレストランだったら、こういう幸福感は絶対に味わえないよなあ。あいつと付き合ったままだったら、このクリスマスチキンのおいしさに幸せを感じることもなかったよなあ。幸せな気持ちでいっぱいな私には、もうあの邪念は襲ってこない。

 

「あ、そういえばケーキ!」スーパーの帰り道に立ち寄ったコンビニで見つけた「ひとりサイズ」の小さなホールケーキ。クリスマスが終わりに近くにつれて始まる恒例の安売りどき、とりあえずと思って買っていた。冷蔵庫からケーキを取り出し、カットせずにそのままひとりで食べる。今日は化粧もしてない。クリスマスなのに朝から晩までだらっとした。でも、いい。これでいい。次に恋する相手は、こんな気の抜けた時間を共有できる人がいいなあ、洗濯もアイロンもやらなくたって、一緒に笑っていられるような人。

 

あぐらをかきながら黙々とクリスマスケーキを食べ続け、「明日は仕事だから早く寝ないとな」そんなことを考えた。

#深夜のひとりじめ飯

撮影/細川芙美  文/宮本香菜

細川芙美
調理師学校卒業後、フレンチレストラン、料理家のアシスタント、料理教室などを経て、2015年に独立。フードデザイナーとして、木箱をつかった標本型のケータリングや、星替わりのロケ弁などを「collection humi hosokawa」の名で展開。その他、石垣島の食材を使ったアンテナレストラン「離島24°」のメニュー監修、スタイルブレッドの新ブランド‎Pan&(パンド)のパンに合うレシピの監修などを行う。
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