akane
2019/12/05
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2019/12/05
寒さも本格的になり、巷ではインフルエンザが流行っていますが受験生の皆さんも心配されていることでしょう。でもインフルエンザよりもっと心配なことがあるんですよね。
文科相「国立大は非積極的」 英語民間試験 大半が見送り
(東京新聞2019年12月3日)
「国立大は非積極的」と文科相
(共同通信2019年12月3日)
今世間で話題の英語民間試験、国公立大学の多くが「やはり導入を見送る」という決定をしたことを受けての萩生田文部科学大臣による発言が「ずいぶん非積極的だと思った」だそうです。こうした話題そのものには私自身無関心ではいられないのではありますが、それはおいてもつい反射的に思ってしまった…
「非積極的」って普通言うかな???
さて、「積極的ではない」という意味の表現をしたいときにはふたつ選択肢があります。
一つは、否定の接頭辞をつけること。たとえばここでは「非」。いろんな表現の前について、「~にあらず」という意味に変換してくれます。「非人道的」「非常識」「非礼」他多数。「非リア充」など、もともと辞書にない新たな表現を生み出すこともできますね。これは、「非」を頭につけたら否定表現になる、という規則を我々が自由に使いこなしているからです。「非積極的」は辞書には載ってないけど、使えばちゃんと通じますし、検索したらごく少数ですが見つかりました。
しかし、「積極的ではない」という意味を表したければ、そのための反義語(または対義語)があるではないですか。ズバリ「消極的」。反義語ペアといえば「積極的-消極的」以外にも、「大きい – 小さい」「攻撃力 – 防御力」を始め、数多くの対を思い浮かべることができるでしょう。これは、もう、ある語の反義語が対の相方として日本語に存在するか、それをちゃんと知っているかどうか、という、辞書知識(語彙知識)が関わってきます。
そして、ある語に対してれっきとした反義語が存在する場合は、そちらを使うのが一般的なんですけどね。
しかし興味深いことに、子供が言葉を習得する過程では、規則で作れるほうの表現をまずは多用することがわかっています。これは日本語に限った話ではありません。例えば、英語圏の子供たちが、動詞の過去形として不規則動詞にまで規則動詞と同じように“goed”, “eated”, “holded”などの形を使う(本当は間違いで、正しくは“went”, “ate”,“held”)ことはよく知られています。また日本語だと「できる」の意味で「すれる」「しれる」などちびっ子が言っているのは微笑ましいですね。これらも同様の例とみなすことができます。
言語習得研究の世界ではこうした現象を「過剰一般化」と呼んでいて、「ゆゆしき間違い」ではなく、子供達が母語の規則を試行錯誤しながら自力で組み立てていく過程にある何よりの証拠として捉えているのです。だって、ただの大人の模倣だったらそんな言い方するわけないですもんね。
やがて子供達は、単語個別の知識を習得し、「goの場合はwentという」「する+可能 を表すには『できる』という表現が別途存在する」というような語彙知識もカバーしていくのです(詳しくは拙著『ちいさい言語学者の冒険:子どもに学ぶことばの秘密』にて解説しています)。
さてさて、そうすると萩生田大臣も、子供たちと同様、日本語を習得する途上におられるのかな?「消極的」という、より一般的な言い方を知らなかったのかな…いやいや、んなわけないですよね。
「積極的」の対極にある「消極的」は、字義通りの意味は「わざわざ進んでまではやろうとしない」様子のことをいいます。しかし実際には、とくに政治の世界では、「ぶっちゃけ(積極的に)後ろ向き」という状況を控えめな表現で表すのにもよく使われます。
とすると、「いやいや、そこまで全大学から総スカン喰らってるわけじゃないですよ、積極性の度合いがちょ~っと低いだけで…」みたいな気持ちで、間違ってはないけど一般的でない方の、いわば余分な意味の拡大を伴わない「非積極的」という表現を選びたくなったのかしら。
というわけでタイトルの設問。「文部科学大臣の気持ちを30字で答えよ。」
解答:積極的に消極的な意を示す表現を使うことには非積極的だという気持ち
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