焦熱のブルース・ロックに人生のすべてを【第20回】著:川崎大助
川崎大助『究極の洋楽名盤ROCK100』

戦後文化の中心にあり、ある意味で時代の変革をも導いた米英のロックミュージック。現在我々が享受する文化のほとんどが、その影響下にあるといっても過言ではない。つまり、その代表作を知らずして、現在の文化の深層はわからないのだ。今を生きる我々にとっての基礎教養とも言えるロック名盤を、作家・川崎大助が全く新しい切り口で紹介・解説する。

 

82位
『パール』ジャニス・ジョプリン(1971年/Columbia/米)

 

Genre: Blues Rock, Soul, R&B
Pearl – Janis Joplin (1971) Columbia, US
(RS 125 / NME 207) 376 + 294 = 670

 

 

Tracks:
M1: Move Over, M2: Cry Baby, M3: A Woman Left Lonely, M4: Half Moon, M5: Buried Alive in the Blues, M6: My Baby, M7: Me and Bobby McGee, M8: Mercedes Benz, M9: Trust Me, M10: Get It While You Can

 

女性ロック歌手のひとつの典型を形作ったのが彼女だ。まさに圧倒的、神懸かり、あるいは悪魔と取り引きしたかのような絶唱を得意とした。不世出のアーティストである彼女が、文字通り「世を去ろうとしていた」時期に録音されたのが本作だ。

 

ソウルフルでダイナミックなM1、M4には、ぶっとばされるしかない。僕が「ベイビー系」と呼ぶ、M2、M6のブルージーさも、すさまじい。まるで心臓を裏返しにしたみたいだ。「痛み」の転写が、これほどまでの高潔さを保ったまま、ポップ音楽のなかに存在することはきわめて稀だ。シングルが全米1位となったM7もいい。

 

しかし本作の白眉は、歌なしのインストゥルメンタルのM5かもしれない。「生きながらブルースに葬られ」との邦題が与えられたこの曲は、トラックは完成していたものの、歌入れの前にジョプリンが急逝してしまったため、この形での収録となった。本作の録音中だった70年10月4日、ロサンゼルスのモーテルの一室で、ヘロインの過剰摂取によって、27歳で彼女は死亡する。

 

ドラッグとアルコール依存は、ジョプリンについて回った悪癖だった。死後に発表されたこのアルバムは、9週連続の全米1位を記録した。バンドの一員として、ソロとして、本作を含めて彼女は計4枚のアルバムを制作している。

 

ところで僕は、片岡義男さんと電車に乗っているとき「僕はサンフランシスコのクラブ、フィルモア・ウェストの楽屋で、ジャニス・ジョプリンに会ったことがあるんです」と唐突に告げられたことがある。そんな話は聞いたことがない、なにかに書きましたか?と尋ねる僕に「いいえ」と彼は答える。そのときの彼女の状態は、もうかなり悪かった、とも言う。つまり想像するに、取材しようとして、うまくいかなかったのだろう。片岡さんには「ジャニス、たしかに人生はこんなものなんだ」という題の、架空ルポとも小説ともつかない奇妙な小品がある。そこでは取材者がジョプリンといっしょにツアー・バスに乗ったり、ビリヤードをしたりする。

 

テキサス州ポート・アーサー出身のジョプリンは、容姿も含めた複雑な劣等感を抱えていたそうだ。そんな彼女が音楽家として才能を花開かせたのが「全米じゅうの家出少年少女が集まる街」と揶揄された、60年代後半のサンフランシスコだった。愛と平和を称揚する夢見がちな季節が終わったころ、たったひとりで彼女は逝った。

 

次回は81位。乞うご期待!

 

※凡例:
●タイトル表記は、アルバム名、アーティスト名の順。和文の括弧内は、オリジナル盤の発表年、レーベル名、レーベルの所在国を記している。
●アルバムや曲名については、英文の片仮名起こしを原則とする。とくによく知られている邦題がある場合は、本文中ではそれを優先的に記載する。
●「Genre」欄には、収録曲の傾向に近しいサブジャンル名を列記した。
●スコア欄について。「RS」=〈ローリング・ストーン〉のリストでの順位、「NME」は〈NME〉のリストでの順位。そこから計算されたスコアが「pt」であらわされている。
●収録曲一覧は、特記なき場合はすべて、原則的にオリジナル盤の曲目を記載している。

 

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究極の洋楽名盤ROCK100

川崎大助(かわさき・だいすけ)

1965年生まれ。作家。88年、音楽雑誌『ロッキング・オン』にてライター・デビュー。93年、インディー雑誌『米国音楽』を創刊。執筆のほか、編集やデザ イン、DJ、レコード・プロデュースもおこなう。2010年よりビームスが発行する文芸誌『インザシティ』に短編小説を継続して発表。著書に『東京フールズゴールド』『フィッシュマンズ 彼と魚のブルーズ』(ともに河出書房新社)、『日本のロック名盤ベスト100』(講談社現代新書)がある。

Twitterはこちら@dsk_kawasaki

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