第二十七回 三好愛「怪談未満」
関取花の 一冊読んでく?

ryomiyagi

2022/09/02

ツアーのリハーサルの入り時間を間違えて、予定よりも一時間半早くスタジオに着いてしまった日のことです。暇を持て余した私は、本を読んだり、お菓子を食べたり、もしもペットを飼ったらどんな名前にしようかと妄想したり、思いつく限りのあれこれをしてなんとか時間を潰していました。しかしやがて持ってきた本も読み終わってしまい、お菓子も午前中からそんなに食べる気にもなれず、ペットの名前もいい感じに決まったので、ちょっと外に出てみることにしました。

 

その日は雨で、風もわりかし強く、普段だったらとてもじゃないけど積極的に散歩に行くような天気ではなかったのですが、なかなか来ない街だったので、せっかくだしちょっと散策してみることにしました。スタジオがある地下から地上に出て、来た時と反対方向に進んでみると、チェーン店のハンバーガー屋やドラッグストア、喫茶店などが通り沿いに並んでいました。電車でも車でも割とアクセスのいい駅だし、いろいろと便利そうでいいなあと思いつつ、もう少し面白い何かがあったりしないかなあと思ったりしました。

 

しばらく歩いていると、視線の先に見慣れない物体がいることに気がつきました。石でできた、オブジェだったか、低めの壁みたいなものだったか、細かいディテールはよく覚えていないのですが、とにかくその上に謎の物体はいました。ベージュのような、グレーのような、茶色のような、やや縦長の物体です。雨風に惑わされることなく、威風堂々と鎮座しているその様子は、ちょっとこの世のものとは思えないような迫力がありました。

 

徐々に近づいていくと、何やら風で少し揺れています。どこかで見たことのあるその風貌、一体どこで見たんだっけなあ、などと考えているうちに、ああそうだ、とピンときました。この前乗ったタクシーの、トランクの隅っこにあったあれだ。あの、ほら、あれ。車の、毛ばたき。なんか羽でファサファサしている、見かけるたびに妙にビクビクしてしまう、でもなぜかちょっと懐かしさも漂う、まさにあれでした。だとしたらなぜこんなところに? 持ち手はどうした? ていうかなにその安定感? 怖いんですけど。

 

と、思ったその時です。毛ばたきの上部がぐるりと回転したかと思えば、まん丸いふたつの目玉とばっちり目が合いました。よく見たら目と目の間の少し下の方に、何やら先端の尖ったものもついているではありませんか。俗に言うくちばしというやつです。そう、そこにいたのは毛ばたきではなく、ミミズクだったのです。しかも結構大きめの。

 

私は思わず立ち止まり、しばらく見つめ合いました。灰色の空の下、そこそこの人が通りすぎ行く中、微動だにしないその様子からは、完全に強者の貫禄が漂っていました。サイズ的には確実に私の方が大きいはずなのに、逃げ腰で様子を伺いながら明らかにビビっている私に向かって、「弱き者よ」とその目は語っているようでした。もしあの子に私が名前をつけるとしたら、たぶん“皇帝”にすると思います。それくらいの風格でした。

 

すっかり圧倒されてしまった私は、ペコペコと頭を下げながら、すごすごとその場をあとにしました。歩を進めながらチラッと奥の方に目をやると、ミミズクが乗っていた石でできたオブジェ的な何かの奥に、飼い主さんらしき男性が、不適な笑みを浮かべながら、でも確実にドヤ顔で立っていました。よく見ると、“皇帝”の脚にはリードのようなものがついていました。あの“皇帝”を操りし者……。一体あの男性の正体とは。考えるほどに妄想は広がるばかりで、ひとり胸をざわつかせながらスタジオに帰った私なのでした。

 

さてさて、今月の質問です。

 

今月の質問:「最近胸がざわざわしてしまったことはなんですか?」

 

今回もたくさんのメッセージ、ありがとうございました。その中でも、個人的に最も気になったものをご紹介いたします。

 

お名前:だい
回答:久しぶりに社内ですれ違った同僚に、すれ違いざま一言「髪!」とだけ言われたこと。
長い間髪型も変えていないし、何か髪に付いていたのか、寝癖でもあったのか…。わからずしばらくザワザワしてました。

 

「髪!」だけはだいぶ気になりますね。たとえば上司から言われたなら、ちょっとした寝癖とか、前髪の長さとか、気になるところがあって、軽めの注意でもされたのかなとか思いますけど、同僚ですもんね。褒めたかったのか、何かを気づかせたかったのか、せめてそれくらいは教えてくれてもよかったのに。一体なんだったんだろう。

 

しかもこれ、だいさん的には普段通りのつもりだった時に指摘されているから、余計不安になりますよね。相手から見えている自分と自分自身が思っている自分の姿は違うって、当たり前といえば当たり前のことだけれど、あらためてそういう風に指摘されたりすると、悪い意味でドキッとする。答えがわからないうちはしばらく胸がざわざわしますよね。米粒がついていたとか、なんかそういうかわいいことでありますように。

 

ということで、今回は質問のテーマにもぴったりなこちらの一冊をご紹介しようと思います。三好愛『怪談未満』です。

 

『怪談未満』柏書房(2021年)
三好愛/著

 

イラストレーターである三好愛さんは、ご自身の著書以外にも、本や雑誌の表紙などを数多く手掛けられているので、本好きのみなさんならその作品を一度は目にしたことがあるかと思います。何を隠そう私もその一人で、三好さんの描くイラストに初めて出会ったのは、書店で見かけたとある本の表紙でした。その後、三好さんの最初のエッセイ集『ざらざらをさわる』を読み、その文章にも引き込まれ、すっかりファンになってしまいました。

 

そんな三好さんの最新エッセイ集『怪談未満』は、まさに今回のテーマのような、ちょっと不可解でなんだか腑に落ちない、想像すると思わず胸がざわざわしてしまうようなお話が満載です。ちなみに、表紙を開くとカバーのそでのところに、「注:お化けとかは出てきません」とあります。そうです、この中にあるお話はすべて、あくまでも日常の中で起きた出来事についてです。心霊体験とかそういった話ではありません。

 

思わずくすりと笑えるお話なんかももちろんあるのですが、私がこの本の中で特に印象的だったのは、「ランドセルの不思議」でした。

 

昔からちょっと不可解な存在として、ランドセルがあります。私が背負っていたのはもう三〇年ほど前ですが、その時代、女の子は赤、男の子は黒、というとりつくしまもない二分割で、あれは今思い返しても強烈だった、というか、友達の後ろ姿を見ると、赤いランドセル=女の子、黒いランドセル=男の子、っていう思考の刷り込み、すごかったです。

 

私も小学生の頃、ランドセルというものの存在にはぼんやりとした違和感をおぼえていました。2歳から8歳になる年までを過ごしたドイツでは、特にランドセルの指定というのはなく、みんなちょっと頑丈なリュックサックみたいなもので学校に来ていました。女の子で黒や青のものを背負っている子や、男の子で赤や紫のものを背負っている子も普通にいましたし、もちろんなかにはランドセルの子もいました。だからといって悪目立ちするようなことはなく、あくまでも数ある個性のうちのひとつ、という認識でした。

 

それがしばらくして日本に帰国してみたら、個性どころか綺麗に男女でランドセルが赤と黒で色分けされているのです。最初に見た時には少し驚きましたが、それこそ思考の刷り込みじゃないですけど、なんとなくそこに疑問を持ったらいけないような気がして、心にそっと蓋をしたのでした。でも、「ランドセルの不思議」のこの文章を読んだ時、その蓋がまた開いたのです。

 

私のランドセルの時代は、ずいぶんと前の話ですが、そこからひとまわりしてしまい、私はまた、ランドセルを選ばなければならない未来に直面しています。どうにかしてあと数年のうちに、あの不可解なランドセルという文化がきれいさっぱりなくならないものか、と、憂鬱な気持ちで願っています。

 

そうか、あの頃たしかに感じた胸のざわざわは、今も変わらずこの世界に存在しているのか。そして、親になったらそれを選ぶ立場になるのか。あの時そっと蓋をしたものに、違う立場でまた向き合わなければならない日が来るのかと思うと、少し怖くなりました。きっと一度感じたそういう不可解さとか違和感って、宙を彷徨うお化けのように、消えてはまた現れ、ずっとまとわりついてくるものなのかもしれません。

 

その他にも、多くの女性がおそらく経験している「幽霊の手」のお話や、想像するだけでモヤモヤしてしまう「トイレの先生」のお話、『産むことの不思議』と題された第二章では、三好さんご自身の妊娠、出産にまつわるお話もたくさん収められています。子を授かり育てていくというのは、私はまだ経験したことのない未知の世界ですが、自分の中に自分ではない命がもうひとつあるって、よく考えたらものすごく不思議なことです。本書ではそういったあらゆる経験の中で感じた不安や疑問、心の澱みなんかも、変に美化されることなくリアルに綴られていて、読みながら自分に置き換えてみては、勝手に不安になったり、ちょっと胸がざわざわしたりしました。もちろん、各話に添えられたイラストたちも絶妙に想像を掻き立てられるものばかりです。みなさんもよかったら読んでみてくださいね。

 

この連載の感想は、

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#一冊読んでく

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ちなみに今回ご紹介させていただいた三好愛さんには、私が7月6日に発売したアルバム、『また会いましたね』のジャケットデザインなどを手掛けていただきました。ラブコールが叶ったかたちで、お願いできると決まった時には冗談抜きで部屋でガッツポーズをしました。本当にありがとうございました。三好さんへのやや熱苦しい私からの思いなどは、以前ブログの方にも書きましたので、よかったらそちらもご覧ください。

 

さて、次回更新は10月、個人的には一年の中でも特に好きな月だったりします。夏の残り香、秋の空気、やがて来る冬の気配と、季節の交差をやんわりと肌で感じることができて、ちょっとノスタルジックな気分になります。なんだか遠くに行きたくなりますよね。ということで、今回も最後にみなさんに質問です。たくさんのご回答、お待ちしております。

 

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