第十二回 谷川俊太郎「ぼくは ぼく」
関取花の 一冊読んでく?

ryomiyagi

2021/06/04

みなさん、雨の日は好きですか。私は正直ちょっと苦手です。何かと荷物が増えるし、着る服やカバンもちょっと気を遣うし、洗濯物も干せないし……いつも通りにいかないことがちょこちょこあるんですよね。一つ一つは些細なことなのですが、塵も積もれば山となるわけで、一日過ごしていると、どこかのタイミングで大抵ぜんぶ投げ出したくなります。

 

ここ一年は、特に雨の日は落ち込みます。休日でもどこかに遊びに行けない今、散歩をすることが私にとっての一番のリフレッシュなんですが、雨の日はめんどくさくてどうもする気になれません。手ぶらで出かけられないし、傘をさしていると視界も狭くなるし、ベンチでちょっと休憩したいと思っても濡れていて座れない。いつもより何かと自由度が低くなるのがいやなんです。

 

そんな私ですが、先日ふと思い立って、雨の日だけど散歩に出かけてみました。梅雨の時季になると不安定な天気が続くので、雨だから散歩に行かないと決めてしまうと、何日も外に出ない日が続いたりします。それは健康にもよくないし気持ち的にも耐えられないので、まあ仕方ないから行くかという感じで、重い腰を上げたのでした。

 

その日は、よく行く近所の定番の散歩コースを歩きました。川沿いを歩いて、途中で横道に逸れて緑地に入って、そこを抜けたらコンクリートの坂道です。下り終えたら小学校があって、通り過ぎると間もなく神社が現れます。その後数分歩けば、大体スタート地点に戻ります。普通に歩いて40分、ゆっくり歩いたら1時間ちょっとくらいのコースです。

 

雨の日に歩くと、これまで何度も通っている道も、不思議とはじめて通るような気分になりました。色、匂い、聞こえる音、そのすべてがいつもと違っていたからです。川の横を歩くと、どこか生臭いような匂いがしました。いつもは太陽の光を浴びてキラキラしている水面も、雨の日は濁ってドロドロしていて、覗き込むと増水した川の中で、藻たちが元気に踊り狂っていました。

 

間もなく緑地に入ると、青々とした緑と濡れた土の匂いに包み込まれました。葉も地面も色が濃く重厚感があり、いつもは木漏れ日の中でぼーっとしながら母に抱きしめられているような気分になるのですが、その日は父が静かにじっとこちらを見つめているようでした。

 

濡れたコンクリートの上を歩いていると、ひんやりとした風が通り抜けました。普段乾いたコンクリートの上を歩いていると、ザッザッとスニーカーの底が擦れる音がするのですが、雨の日はあまり聞こえませんでした。同じ地面を歩いているのに、なんだかいつもより柔らかいような気がしました。

 

小学校はシーンとしていました。グラウンドを走り回る子供たちの姿も見えないし、雨だから窓を閉めているのか、教室から漏れる声も聞こえません。ずっと淡いクリーム色だと思っていた校舎は灰色に見えました。

 

一方で神社は、晴れの日と変わらない印象でした。何かを悟ったように、いつもと同じようにただ静かにそこに佇んでいて、だからここに来るとみんな気持ちが落ち着くんだなとあらためて思いました。スタート地点に戻ると、なぜか私は無性に「ただいま」と言いたくなりました。ちょっとした旅から帰ってきたような、そんな気分でした。

 

雨だからいつもと同じことはできないと割り切る気持ちも大切ですし、私も普段そうすることで心と身体のバランスを上手く保っていたりします。でも、雨の日にあえていつも通りのことをやってみるのも悪くないなと、その日思いました。今まで正面からしか見てこなかった日常の、少し憂いのある横顔を見たような気がして、なんだかドキドキしたんです。

 

みなさんは雨の日はどうやって過ごしているのでしょうか。気になったので、先月はこんな質問をさせていただきました。

 

関取花の今月の質問:あなたの雨の日の気分転換方法はなんですか?

 

家の中で読書をするもよし、音楽を聴くもよし、ひたすら眠るのもよし。年齢や住む場所によっても変わってくるでしょうし、その楽しみ方は人それぞれだと思います。今回は本当に魅力的な回答ばかりでした。お気に入りの傘を持って出かける、カーテンを全開にしながらプリンを食べる、植物の写真を眺める……などなど。そして、思わずハッとさせられた回答もありました。

 

お名前:もも
雨は雨でそれなりにいいので特に気分転換はしないです。

 

素晴らしいです。個人的には「雨は雨でそれなりにいい」という言い回しがめちゃくちゃ好きです。絶妙。晴れの日のようなわかりやすい気持ちよさはないですし、雨の日って最高! とはやっぱりなかなか言えないんですけど、決して悪いことばかりじゃないというか、うん。それなりにいい(笑)。晴れの日も雨の日も、同じ一日に変わりないですもんね。ももさんのように肩の力を抜いてフラットに日々を捉えられたら、どんな時でも豊かな気持ちで過ごせそうです。

 

大人になるほどわかりやすい正解を求めて、こっちはよくてこっちはよくない、みたいな考え方をしてしまいがちですけど、本当はそうじゃないんですよね。今日はそんなことをあらためて思い出させてくれる一冊をご紹介したいと思います。谷川俊太郎さんの「ぼくは ぼく」という詩集です。

 

 

「ぼくは ぼく」
谷川俊太郎/著
2013年、童話屋刊

 

谷川さんの選ぶことばはやわらかく、どんな人でもどんな状況でも受け止めてくれるふかふかの温かいお布団のようです。そこに飛び込むもよし、じっと座って考えるもよし、そっと涙で濡らすもよし。たっぷりの余白を、あなたの好きなように楽しんでと言ってくれている気がします。

 

数え切れないほど出ている谷川さんの詩集たちは、言わずもがなどれも素敵なのですが、私はこの詩集が特に好きです。何かを否定することもなく、かといって何かを全肯定するわけでもない。でもだからこそ、ぼくはぼく、わたしはわたしでいるだけでいいんだと思わせてくれます。

 

「いる」

 

ぼくはしてる
なにかをしてる
でもそれよりまえにぼくはいる
ここにいる

 

ねむっていてもぼくはいる
ぼんやりしててもぼくはいる
なにもしてなくたってぼくはいる どこかに

 

きはたってるだけでなにもしてない
さかなはおよいでるだけでなにもしてない
こどもはあそんでるだけでなにもしてない
でもみんないきて「いる」

 

だれかがどこかにいるのっていいね
たとえとおくにはなれていても
いるんだ いてくれるんだ
とおもうだけでたのしくなる

 

この詩をはじめて読んだ時、胸のつかえが取れたような気がしました。無意識のうちにすぐ誰かや何かと比べて、たとえ状況がそんなに悪くない時でもすぐに落ち込んでしまう私を、この詩は優しく抱きしめてくれました。何かしなきゃ何かしなきゃと焦る前に、今ただここにいることを慈しみ、楽しむ。そんな当たり前の喜びを思い出させてくれました。

 

「かけっこ」

 

いっとうの あじが バナナなら
びりの あじは にんじんか
ところで ぼくは にんじん だいすき
なまで ぼりぼり かじっちゃう

 

いっとうの きもちが はれならば
びりの きもちは くもりぞら
ところで ぼくは くもりが だいすき
まぶしいと みえない ものが よく みえる

 

これも大好きな詩です。どっちがいいじゃなくて、どっちもいい。そう思えるようになってはじめて、それぞれの本当の素晴らしさに気付くことができるんですよね。

 

雨は雨、晴れは晴れ。ぼくはぼくで、わたしはわたし。きみはきみだし、あなたはあなた。みんな違うから面白いし、そこにいるだけで意味がある。比較ではなく尊重することでそれぞれの素晴らしさを見出して、日々過ごしていきたいものですね。そしたらどんな日だってどんな相手だって、愛せそうな気がします。これから雨が続いてつい憂鬱になってしまう日もあるかもしれませんが、そんな時はこの詩集を開こうと思います。よかったらみなさんも読んでみてくださいね。

 

 

この連載の感想や私への質問は、

 

#本がすき
#一冊読んでく

 

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今月の質問:「忘れられない夏の思い出はありますか?」

 

関取花

関取花

1990年生まれ 神奈川県横浜市出身。
愛嬌たっぷりの人柄と伸びやかな声、そして心に響く楽曲を武器に歌い続けるソロアーティスト。
NHK「みんなのうた」への楽曲書き下ろしやフジロック等の多くの夏フェスへの出演、ホールワンマンライブの成功を経て、2019年ユニバーサルシグマよりメジャーデビュー。ちなみに歌っている時以外は、寝るか食べるか飲んでるか、らしい。
ラジオと本をこよなく愛する。
神奈川新聞と、いきものがかり水野良樹さんのウェブマガジン「HIROBA」にてエッセイも執筆中。 2020年11月、初の著書となるエッセイ集『どすこいな日々』(晶文社)を上梓。
2021年 3月、 メジャー1stフルアルバム「新しい花」発売。

関取花ホームページ https://www.sekitorihana.com/
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