第六回 村田沙耶香「きれいなシワの作り方 淑女の思春期病」
関取花の 一冊読んでく?

ryomiyagi

2020/12/04

超有名ハードロックバンドのKISSっているじゃないですか。1990年生まれの私は世代ではないですが、どんな人たちかと聞かれたら、あの白塗りのメイクとド派手な衣装くらいはパッと頭に浮かびます。自分の親世代の青春時代に大ブレイクしたということもあり、どこかしらで目にしたり耳にしたりする機会があったんだと思います。
あと、2005 年くらいに放送されていたキヤノンの「EOS Kiss」というカメラのCMも印象的でした。子供たちがKISSのメイクをして「I Was Made For Lovin’ You」を歌っているやつです。リアルタイムでこそ彼らの音楽は聴いていないものの、なんとなく「日本でCMになるくらいすごいバンドなんだろうな」と思ったことは覚えています。

 

でも、今の高校生くらいの若い子にとってはどうでしょうか。ももクロちゃんやYOSHIKIさんとライブでコラボしたり、ハローキティとのコラボグッズが発売されていたりと日本国内での活動は最近も精力的と言えば精力的ですが、やはり年々認識は薄くなってきているとは思います。何せ今は情報量がものすごく多いですし、テレビのCMであのメイクを見られるというわけでもないですし。とはいえあのルックスはかなり印象的ですから、なんとなく見たことあるという子は多い気がします。でも彼らが何者なのかはよく知らない、というのが本音かと。というのも先日カフェで作業をしていたら、隣に座っているJKと思しき女の子たちのこんな会話が聞こえてきたのです。

 

A「そのTシャツなんかウケる、古着?」
B「うん、古着。ウケるよね」
A「ていうか誰なのその人たち?KISSって」
B「わかんない、でも多分外国のサーカス団とかじゃない?雰囲気的に」
A「たしかにすごい猛獣使えそうだね」

 

そうです。彼女たちはKISSをまさかのサーカス団だと思い込んでいたのです。
おお、JKなのにKISSのTシャツなんて渋いなあと思っていたら、全然知らずに着ていたという。まあたしかにライブで炎とかめっちゃ使うけどさ、ジーン・シモンズの衣装の靴、狩ってきた猛獣(?)で作りましたみたいなデザインだったりするけどさ。あのおじさんたちすごいんだぞ、日本公演はドームとかでやれちゃう世界的に有名なバンドなんだぞ! と、私は心の中で机をダンダンしていました。

 

でもよくよく考えてみれば、私も彼女たちくらいの年齢の頃、同じような感覚で古着のTシャツを着ていました。15歳の頃LED ZEPPELINのバンドロゴの入ったTシャツを古着屋で買った時、てっきりナスカの地上絵的な文字だと思い込んでいました。なんかほら、直線的でちょっと国籍不明なフォントじゃないですか。「なにこれかっけぇ、歴史を感じる!」って思ってただ着ていました。NIRVANAのTシャツは「なんだこのひねくれたニコちゃんマーク、かわええ!」的な感じで。SONIC YOUTHのTシャツは、全部お洒落なのでそういう名前の外国のTシャツブランドがあるんだと思っていました。どれもちょっと高かったし。むしろそれくらいの年齢の頃、なぜかKISSは知っていたというのが奇跡だったのかもしれません。

 

そんな私も17、8歳くらいの時に、兄の同級生の先輩たちとバンドを組みました。ある日相変わらずよくわからないままMETALLICAのTシャツを着て行ったのですが、その時それを見た先輩から「花、METALLICA好きなの?メタルとか聴くんだ」と言われ、はじめてバンドT シャツという文化を知ったのでした。てっきりB級映画のTシャツだと思い込んでいたという話をしたら、先輩はめちゃくちゃ笑っていました。恥ずかしかったなあ、あの時。KISSをサーカス団と思い込んでいる二人のJKの横の席で、そんなことを思い出しながら私は一人ニヤニヤしていたのでした。

 

ということで、そろそろ皆さんからの質問に答えて行こうと思います。今回の質問はこちら!

#一冊読んでく?
関取花の今月の質問:最近ニヤニヤしたことはありますか?

 

名前:かおり
数年ぶりに、一度行ったことのあるバーに行きました。お客さんの寄せ書きノートがあり、コメント欄に昔、自分が書いたメッセージを見つけました。
マスターも覚えてくれていて、そうした人の縁に、なんだかニヤニヤしてしまいました。
そのとき一緒にお店で寄せ書きをした友人にも、その場で久しぶりに連絡を取ってみたり。
花さんもそんな風に、昔のことを思い出してニヤニヤすることってありますか?

 

かおりさん、素敵なエピソードとご質問、ありがとうございます。飲み屋さんってたまにそういうノート置いてあるところありますよね。自分は書いたことはありませんが、気になって夢中になって読んじゃう派です。

 

ああいうノートって、ちょっとした人間模様が垣間見えて面白いですよね。相合い傘とかが書いてあったりすると、この二人まだ付き合ってんのかなって気になって、一年後くらいのページに飛んで探してみたり。それで同じ名前があったらあったでニヤニヤするし、ないならないでニヤニヤします。と同時に、自分もそうやって相合い傘とか書きたくなっちゃう時期あったかもなあって色々昔のこと思い出してニヤニヤしたりもします。

 

そうやって妄想や思い出に浸りながら飲むお酒って美味しいんですよね。ついつい進んじゃうんですよね。気付いたら結構会計いっちゃってるんですよね。完全にマスターの思うツボなんですよね。チクショー!(笑) でもそれもまたきっと、何十年後かに思い出してニヤニヤする材料になるのでしょう。私たちが生きている「今」はすべて、いつの日かの「あの頃」ですから。

 

さて今回ご紹介するのは、そんな「今」の私が共感しまくってしまった本です。第155回芥川龍之介賞を受賞した『コンビ二人間』 の著者でもある村田沙耶香さんのエッセイ、『きれいなシワの作り方 淑女の思春期病』という本です。

 


『きれいなシワの作り方 淑女の思春期病』文春文庫
村田沙耶香/著

 

この本では、アラサーを迎えたあたりから村田さんが感じるようになった、心や身体の「変化」や「発見」、「痛み」などについて赤裸々に語られています。戸惑うことも多いけれど、どこか愛おしさもあるこの不思議な感じを、村田さんは「思春期病」と名付けました。

 

 身体も心も変化の最中にある、今しか書けないことがある気がした。きっと5年後、私の身体の変化はもっと進んでいるだろうし、ここに書いた言葉すべてに違和感を持つようになるのかもしれない。それでも「今」だから書ける言葉を、拾い集めたい。時には笑いながら、時には真剣に、書き留めておきたい。

 

いつかは通り過ぎて行くとしても、この年齢になればきっと誰もが通る道。今月30歳になるまさに「思春期病」真っ最中だと思われる私にとっては、とにかく頷くことの連続でした。

 

特に共感したのは“「懐かしい」が怖い”という話です。年齢のせいか「懐かしい」という感情が年々エスカレートしている気がするという村田さん。「懐かしい」という理由だけで絶対にいらないものを買ってしまったり、「懐かしい」という理由だけで安心してしまい、昔の同級生と大変な恋愛をする羽目になった友人がいたり。いやあもう、これ私自身も最近めちゃめちゃあるんですよね。わかりすぎて「うわ、わかるわ」と思わず声に出してしまいました。本当に。この前も絶対履かないのにからし色のカラータイツ買っちゃいましたもん。「森ガールやってた時履いてたなあ、懐かしいなあ」っていう理由だけで。マジで無駄金とわかりつつも、それよりも懐かしさが勝ってしまった。

 

中学高校時代の友人とよく集まるんですけど、その時も結局「懐かしい」の話がほとんどです。「あの時私が入ってたmixiのコミュニティは」とか、「〇〇と××は文化祭マジックで付き合ったよね」「違うよ修学旅行だよ」とか。もう本当に不毛。不毛な議論。でもいいんです、だって懐かしいから。

 

他にも、これは私のことか? と思うようなエピソードだらけです。年々肌が乾燥するせいで、ニットを買う際に好きなデザインか否かじゃなくて、チクチクしないか否かで決めるようになってしまったとか。タイツのデニールで無駄に悩むとか。旅行に行くけどどんな水着を選んだら良いのか、年齢、体型、直感、どれを優先するべきかわからなくなって結局複数買うとか。わかる、わかりすぎてツライ。でもこういうのってよくよく考えると、どれも自分自身が必要以上に気にしてしまっているのが原因だったりするんですよね。きっとその感じこそが「思春期病」なんだと思います。

 

こういうエピソード話だけでも充分最高なのですが、皆さんにおすすめしたいポイントは実はあとがきにもあります。この本は、村田さんが雑誌an・anで連載していた文章をまとめたものです。連載が始まったのが2013年10月30日、本のあとがきを書いているのは2015年8月17日。2年も経っていないのに、あらためて読み返したら「まだまだ苦しんでるなあ」と思ったと言います。エッセイを連載していた時の自分は、あとがきを書いている自分よりずっと呪われていて、足掻いていたな、と。そしてあとがきはこう締めくくられています。

 

「痛み」だと思っていたものを、笑ったり、見せ合ったりできるようになった。私にそんな「変化」をくれたこのエッセイという場所に、心から、本当に心から感謝している。

 

人って本当に少しずつですが、自分でも気づかないうちに年々変化しているんですよね。それに戸惑いながら、時には身体や心が追いつけなくて成長痛になったりもしながら、歳を重ね、歩いて行く。いつの日かその道を振り返って、少し遠くなった「あの頃」を見て、そんな時もあったなあと思いながら、また歩き出す。その連続なんだと思います。

 

今はこの本に共感しまくっている私ですが、いつかはこのあとがきを書いた時の村田さんのように、「そんな頃もあったなあ」と今を振り返るのかもしれません。そしてまたニヤニヤするのでしょう。

 

 

感想や私への質問は、

 

#本がすき
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関取花

関取花

1990年生まれ 神奈川県横浜市出身。
愛嬌たっぷりの人柄と伸びやかな声、そして心に響く楽曲を武器に歌い続けるソロアーティスト。
NHK「みんなのうた」への楽曲書き下ろしやフジロック等の多くの夏フェスへの出演、ホールワンマンライブの成功を経て、2019年ユニバーサルシグマよりメジャーデビュー。ちなみに歌っている時以外は、寝るか食べるか飲んでるか、らしい。
ラジオと本をこよなく愛する。
神奈川新聞と、いきものがかり水野良樹さんのウェブマガジン「HIROBA」にてエッセイも執筆中。 2020年11月、初の著書となるエッセイ集『どすこいな日々』(晶文社)を上梓。
2021年 3月、 メジャー1stフルアルバム「新しい花」発売。

関取花ホームページ https://www.sekitorihana.com/
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