ryomiyagi
2020/03/14
ryomiyagi
2020/03/14
“産み人”になって10人産んだら1人殺してもいいという殺人出産制度が認められた世界を描いた『殺人出産』。コンビニでバイトをする36歳未婚、彼氏ナシの主人公の物語『コンビニ人間』。芥川賞作家の村田沙耶香さんが柔らかい言葉を重ねて紡ぐのは、常識を疑い、タブーに挑戦する実験的な作品ばかりです。
そんな村田さんにとって“自分らしく生きる”とは?
「とにかく考えることです。私は何をするのも速度が遅くて。パッと怒ったり、パッと発言したり、パッと考えたりすることが昔からできません。その場その場で人に合わせて意見らしきものを言うのですが、しばらくして“なんで自分の気持ちと違う嘘うそをついてしまったのか”“なんで人に合わせてしまったのか”と思ってしまう。たとえば、レストランに行ってみんなが“このパン、おいしいね”と言っていたら、みんなが言うからおいしいのかなあと思い“おいしいね”と合わせてしまう。一方、嘘をつくのはいけないことだと子どものころから思っていたので、時間がたってから“なぜ、また嘘をついたの?”“なぜ、そんなに気を使ったの?”と考える。こうやって考えるのをやめないことが唯一、私の自分らしさだろうと思います。考えることに終わりはありませんから」
子どものころは“正しい人になることを自分に課していた”と村田さん。
「空き缶が転がっていたら捨てなければいけない。ごみは拾わなければいけない。神様が見ているから無視できないと思い込んでいたので、正しくあろうとするのがとても苦しかった(笑)。ずっといい子にならなければいけないと思っていました。本だけが唯一正しくない人がいても許される場所だったんです。ひどいことを平気でする主人公はたくさんいますから(笑)。
今は正しさが不安定なものだと考えているのでそういう反応をしませんが、それでも今でも自分はきれいごとを言っているんじゃないか、八方美人なんじゃないか、理想論を言っているのではないかという思いはあります。小説は、そういうところから私自身が解放される場所なんです。小説を書くようになって人間自体を面白がれるようになったと思っています」
新刊『丸の内魔法少女ミラクリーナ』は村田さんの思いが詰まった短編集です。表題作は子どものころにやっていた魔法少女ごっこを大人になってからもやっている人を書きたいというところから出発しています。最終話「変容」は母親の介護を終えた主人公が久しぶりに近所のファミレスで働き始め、世の中から怒りの感情が消えたことに気づく、という物語です。
「短編はその時々にパッと思いついたことから話が広がっていくのですが、なかでも『変容』は本当に今書きたいことを素直に書いた小説です。この6年くらいで世界が変わった実感が私にはあります。エモいという言葉が急に生まれたり、写メという言葉をあまり聞かなくなったり。文化自体が変わっていることをデフォルメして書いたのがこの作品で、若い人に怒りがない、というのはコンビニでバイトをしていたときに感じたことです。自分自身もあまり『怒り』がないので、新人の指導がしにくいなと思っていました」
村田さんは“自分らしく生きる”難しさについても言及しました。
「私の周囲を見ても、友人知人含めていろんな人が“自分らしく生きたい”と悩んでいたり“やりたいことが見つからない”と言ったり。でも“やりたいことをやって自分らしく生きている”人は、そう見える“っぽい”だけなのかもしれない。一日中だらだらしていて家でテレビを見ている人は本当に自分らしくないのか?
ネットで婚活をし、結婚した友人たちが“結婚したくてしたわけじゃない”“子どもが欲しくて妊活したわけじゃない”と言うんですね。そして“沙耶香には小説があるからわからない”と……。小説を書いているからといって“自分らしく生きている”とは限らないので、少し悲しい気持ちになりました」
慎重に言葉を選びながらそう言うと、村田さんは少し戸惑っているかのような表情を浮かべました。
「そもそも自分らしくって何なのでしょうか。キラキラしていて、イキイキと生きて、やりがいを感じていて……ということ? 友人と会って楽しくおしゃべりして、散歩したりのんびり過ごしたり……ということだって自分らしく生きることだと思うのです。でも、そう暮らしている人はめったにフィーチャーされません。インスタグラムやフェイスブックにアップされるのは、華やかにわかりやすい形で、自分らしく生きているっぽい人ばかりですから。
でも、私はそういう人たちを見ていると時々不安になるんです。何かに傷ついた人が“●●らしい人”になれたからといって心が回復するわけじゃない。キラキラしているとか、自尊心が大事だといわれますが、本当の宝物はそこにはないと思うのです。その人の人生の宝物はそれぞれオリジナル。そんな当たり前のことが、いつからかみんなわからなくなってしまうのかもしれません」
では村田さんが“自分らしく生きるために必要なこと”は?
「友だちとこういった踏み込んだ話をフランクにすることでしょうか。友情が私にとって唯一の救い。ですので、小説のなかでは友情を美化しすぎる感じで書いてしまうんです(笑)」
常識を疑い、ひたすら考え抜き、自分にとっての宝物を大事にする。村田さんがつづる世界は“自分らしく生きるために必要な”ヒントであふれているのです。
『奇貨』新潮社
松浦理英子/著
「友情の話だが、主人公の親友でレズビアンの七島さんと友だちとの会話がとにかくいい。まさに私が日ごろ友だちと交わしているような会話が小説の中に存在していた。こういう何気ないことに救われて、私は生きてきたんだというのを再認識できた。日常のなかにそんな奇跡が存在することを教えてくれる小説」
『私のカトリック少女時代』河出書房新社
メアリー・マッカーシー 著/若島 正 訳
「カトリックの厳しい家で育った著者が、学校で目立とうとして信仰を捨てたという。だが、自己分析をしていくうち本当に信仰がなくなってしまう。それらを自分の記憶をたどりながら回想記の形でつづったもの。自分の記憶への分析の仕方がとても厳しく、毅き 然ぜんとしている著者の人間性に励まされる」
『わたしのいるところ』新潮社
ジュンパ・ラヒリ 著/中嶋浩郎 訳
「“孤独”はネガティブな意味でつかわれることが多いが、本書はその“孤独”を大事に描く。本書こそ『自分らしく生きていない』と思っている人に読んでほしい。その人のまなざしとか奇跡の重なり合いがどれだけ素晴らしいか、また“孤独”が人生でどれほど大切でいとおしいものか、感じてもらえるはず」
『最初の悪い男』新潮社
ミランダ・ジュライ 著/岸本佐知子 訳
「まさに自分らしく生きる、という話。はたから見たら主人公は奇妙で人から笑われるような存在かもしれないが、堂々と生きる姿が読んでいてとても気持ちいい。ユーモラスでチャーミングな生き方がいい。それが読者をものすごく救ってくれる。こんなふうに生きたいと思えて幸せな気持ちなる1冊」
『丸の内魔法少女ミラクリーナ』KADOKAWA
村田沙耶香/著
同じ大学の早川君を1週間監禁する千佳。目的は小学3年生からの早川君への初恋に終止符を打つこと(「秘密の花園」)。一人称は「僕」、化粧は禁止と性別禁止の高校へ通うユートは……(「無性教室」)。ほか2編。
PROFILE
むらた・さやか◎’79年、千葉県生まれ。’03年、デビュー作「授乳」で群像新人文学賞(小説部門・優秀作)受賞。’09年『ギンイロノウタ』で野間文芸新人賞、’13年『しろいろの街の、その骨の体温の』で三島由紀夫賞、’16年「コンビニ人間」で芥川龍之介賞受賞。
聞き手/品川裕香
しながわ・ゆか◎フリー編集者・教育ジャーナリスト。’03年より『女性自身』の書評欄担当。著書は「若い人に贈る読書のすすめ2014」(読書推進運動協議会)の一冊に選ばれた『「働く」ために必要なこと』(筑摩書房)ほか多数。
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