第十一回 ことばのしっぽ 「こどもの詩」50周年精選集
関取花の 一冊読んでく?

BW_machida

2021/05/07

この前川沿いを歩いていたら、突然川の中からバシャッ! という音が聞こえました。何ごとかと思って覗いてみると、鯉でした。川底の色と体の色が似ているので、今まであまり気づかなかったのですが、結構な数がそこにいました。大きさもさまざまで、太くて強そうなのもいれば、その半分くらいのサイズのもいました。親子ですかね。散歩をしていても気持ちがいい今の季節です。鯉たちも気持ちよさそうにぷかぷか泳いでいましたよ。

 

鯉といえば、今は空にも泳いでいますね。そうです、鯉のぼりです。鯉のぼりを見ていると、少し羨ましい気持ちになります。青空と風の中を、それぞれの色で、何にも邪魔されることなくはしゃぎまわっていたあの頃を思い出すからです。

 

私の家の近所に、大きな一軒家があります。時々その家の前で子供たちが遊んでいるのを見かけるのですが、先日はなんとそこに鯉が一匹混じっていました。頭から赤い鯉のぼりをかぶった女の子が、「お母さん見てー!」と言いながら、元気に走りまわっていたんです。それがもうとんでもなく可愛くて胸がキュンとなるのと同時に、なぜか私は涙が出そうになりました。自分には考えつかないような方法で、彼女が今を楽しんでいるのが、なんだかとっても眩しくて。

 

子供たちの発想は自由です。面白そうなこと、なんだか楽しそうなこと、不思議なことを見つけたら、心を風にはためかせながら、ただまっすぐそこに泳いで行きます。でも歳を重ねるにつれ、なんでかそれが難しくなる。感じるよりも先に考えて、やりたいよりもやるべきが勝って、自分よりも周りを優先するようになって、気づいたらよくわからないところに辿り着いている。私もそんなことしょっちゅうです。

 

大人になるってそういうことだと言えばそれまでなのですが、でもやっぱり、忘れないでいたいものです。いつも期待と好奇心に胸を膨らませながら、青空を自由に泳いでいたあの頃の自分を。5月5日はこどもの日。みなさんの“あの頃”はどうでしたか? 先月はこんな質問をさせていただきました。

 

関取花の今月の質問:あなたの子供の頃の夢は何でしたか?

 

みんな一度や二度、いや、下手したら何十回と聞かれましたよね、この質問。親に聞かれ、親戚に聞かれ、先生に聞かれ、友達にも聞かれ(笑)。そのたびになんて答えていたっけなあ、と私も思い返しました。みなさんからいただいた中にもいろんな夢があったのですが、その中でも印象的だったものをご紹介いたします。

 

お名前:iwa
子供の頃の夢は、消防士です。 理由は、人の役に立ちたいとか人を助けたいとかでなく、 単に消防車がカッコよかったからです。 ホント、子供ですね。

 

いやいや、ホント子供らしくて最高な夢じゃないですか! 消防車、カッコいいですよね。赤くて大きくて四角くて、消防署にとまっているのなんか見ると未だにちょっとドキドキします。出動前のなんとかレンジャーみたいな、なんかそういう雰囲気ありますよね。圧倒的ヒーロー感というか。子供の頃のiwaさんはきっと、「カッコいい消防車に乗りたいから消防士になる」のが夢だったのでしょう。

 

私も最初の小さい頃の夢は「お花屋さん」でした。理由は、名前が花だから(笑)。我ながらさすがに雑だなあとは思いつつ、子供の頃の夢ってそういうところがいいよなあとも思います。大人になると何かときちんとした理由を求められて、その都度それっぽいことを並べてみたりしますけど、意味とか意義とか理由なんてどうせあとからついてくるから、本当はどうでもよかったりするんですよね。大人になっても子供のようにシンプルな発想と気持ちで物事と向き合うことができたら、この世界がどれだけ色鮮やかに見えることか。

 

そこで私から、みなさんにぜひおすすめしたい本があります。「ことばのしっぽ 『こどもの詩』50周年精選集」です。

 

「ことばのしっぽ 『こどもの詩』50周年精選集」
読売新聞生活部/監修
2017年、中央公論新社

 

この本は、読売新聞家庭面「こどもの詩」というコーナーに寄せられた子供たちの詩の精選集です。彼らの選ぶ言葉は、50年間変わらずずっとみずみずしく、一文字一文字が朝露のように輝いています。将来の夢についての、こんなかわいらしい詩もありました。

 

「おおきくなったら」

 

ぼくおおきくなったら
とらっくのうんてんしゅになりたいな
たくしーのうんてんしゅになりたいな
とうかいどうしんかんせんのうんてんしゅになりたいな
どうろこうじのおじさんになりたいな
でもやっぱりでんしんばしらがいいな
だっておおきくなってでんきがぴかっとなって
かっこいいんだもん

 

電信柱になりたいだなんて、大人の誰が思いつくでしょうか。いつも電気や電波を届けてくれてありがとうと思うことはあっても、そのカッコよさには正直まったく気づいていませんでした。でもこの詩を読んでから電信柱を見たら、めちゃくちゃカッコよく見えたんです。黙って静かに誰かのために安心を届けるその姿は、私の知らないところでいつも汗水垂らして働いてくれていた父や母の姿と重なりました。子供たちの書く詩は説明くささがなく、余白がたっぷりです。だからこそいろんな想像をさせてくれます。思わず涙した詩もありました。

 

「ピピ」

 

私の家の鳥のピピ
昔の作文を見ると
いつもピピのことが書いてあった
でも
もう 書けないんです
節分の日から
もう 書けないんです
私の家の鳥の
ピピのこと

 

この詩をはじめて読んだ時、涙が出ました。それと同時に、正直一ミュージシャンとして“やられた”とも思いました。「死んでしまった」という言葉を使っていないのに、いや、だからこそ深い悲しみ、混乱、受け入れられない現実、あの日から止まってしまった時間、楽しい思い出……そのすべてが伝わってきます。これぞ心の詩だと思いませんか。何度読んでも胸を打たれます。また違う方向から思わずドキッとさせられる詩もあります。子供たちの濁りのない透明な瞳は、無意識に物事の本質を見抜いていることも多いのです。

 

「みぬいている」

 

おかあさん
あたしのおともだちが
あそびにくると
やさしいかお
してなくちゃ
なんないから
つかれちゃうでしょ

 

……もう、何も言えないです。子供って何も知らないようで、全部わかっているんですよね。そういえば私も小さい頃、母がどこかに電話をかけるとワントーン声が高くなるのを不思議に思って、聞いたことがありました。「どうして変な声出すの?」と(笑)。最後に、私が最も共感した詩も紹介しておきましょう。

 

「とけい」

 

もうちょっと
ゆっくりの
とけい
かいたい

 

わかるー! と思わず叫びたくなりますよね。「24時間じゃ足りない」「時間が経つのが早すぎる」とか、常に締め切りギリギリ人間の私はもはや口癖のように言っていますが、これからはそういう時、この詩をそっとつぶやこうと思います。言いたいことは同じでも、心がほぐれて柔らかくなって、時間が本当に少しだけゆっくりになる気がするんです。

 

この他にも、ハッとさせられるものから思わずニヤニヤしてしまうものまで、子供たちのユーモア溢れる素晴らしい詩がこの本には詰まっています。なんとなくイライラする、モヤモヤするという時に、どこのページでもいいのでパッと開いてみてください。子供たちのやわかい言葉が、どんな心のへこみにもトゲトゲにも優しく寄り添って、私たちがどこかに忘れてきてしまった大切な気持ちを思い出させてくれるでしょう。

 

この連載の感想や私への質問は、

 

#本がすき
#一冊読んでく

 

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今月の質問:「あなたの雨の日の気分転換方法はなんですか?」

 

関取花

関取花

1990年生まれ 神奈川県横浜市出身。
愛嬌たっぷりの人柄と伸びやかな声、そして心に響く楽曲を武器に歌い続けるソロアーティスト。
NHK「みんなのうた」への楽曲書き下ろしやフジロック等の多くの夏フェスへの出演、ホールワンマンライブの成功を経て、2019年ユニバーサルシグマよりメジャーデビュー。ちなみに歌っている時以外は、寝るか食べるか飲んでるか、らしい。
ラジオと本をこよなく愛する。
神奈川新聞と、いきものがかり水野良樹さんのウェブマガジン「HIROBA」にてエッセイも執筆中。 2020年11月、初の著書となるエッセイ集『どすこいな日々』(晶文社)を上梓。
2021年 3月、 メジャー1stフルアルバム「新しい花」発売。

関取花ホームページ https://www.sekitorihana.com/
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