ryomiyagi
2021/10/01
ryomiyagi
2021/10/01
9月の頭から、久しぶりに全国ツアーを回っています。世の中の状況などもあり、ツアー自体はもう2年以上ぶり。正直やっと生きた心地がしているというか、ここ最近ずっと心に張っていた薄膜が破れて行くような、ずっと潜っていた深く暗い海からやっと顔を出して呼吸ができているような、そんな感覚です。あらためて私の居場所はここなんだと実感する日々です。そこらへんの溢れんばかりの思いは私のブログに長々と綴っておりますので、もしよかったらそちらをご覧ください!
ツアーといえば、ライブはもちろんもう一つの楽しみがあります。そう、打ち上げです。普段行かない場所に行って、いいライブをして、その日を共に作り上げたサポートメンバー、スタッフと共に、地のもので乾杯をする。こんなに素晴らしいことはありません。しかし今の時期はもちろんそんなことできませんから、今回のツアーでは、会場に到着してすぐ食べるケータリングのお弁当がとても重要になっています。私は楽屋に着くやいなや、大きなカバンをどこかに置く前に毎回まずお弁当をチェックします。基本的にはなんでもテンションは上がるのですが、結局ザ・お弁当みたいなやつが一番好きだったりします。
札幌公演でのお弁当は、東京では見たことのないような大きな鮭の切り身がごはんの上にドーン! と乗っていました。鮭の下には千切りにしたキャベツが薄く引かれていて、鮭のアブラがごはんに染み込まないようになっていました。おかげでごはんは粒が立ったままで、きんぴらごぼうやだし巻きたまごといった他のおかずとの相性もバツグン。キャベツには鮭のいい感じの塩気とアブラが染み込んで、これはこれで最高のごはんのお供として楽しむことができました。
広島公演で食べた「むさし」の若鶏むすび弁当は広島のソウルフードで、我々ミュージシャンの中でも鉄板中の鉄板です。大きなおむすびが二つと若鶏のからあげ、枝豆、ウィンナー、たくあん、そしてざく切りのキャベツとオレンジ。まさに理想のお弁当といった感じです。個人的にはキャベツの横にオレンジがあるのを見ると、母の作ってくれたお弁当を思い出します。果汁がごはんや他のおかずに染み込まないように、果物の横には仕切りも兼ねてキャベツやブロッコリーなんかをいつも入れてくれていました。
お弁当には、打ち上げで一品ずつ頼むのとはまた違う楽しみがあります。色や味のバランス、そしてその奥に隠された数々の気遣い。作る人が食べる人のことを考えながらごはんやおかずを選んで、その思いも含めて一つの箱に入れてくれている。そのことを感じるたびに、お弁当っていいな、ありがたいなあ、愛しいなあ、また食べたいなあと思います。
もしかしたらお弁当の中身を選ぶ時の気持ちは、セットリスト(ライブの曲順)を考える時の気持ちと似ているのかもしれません。特に今回のツアーは、「自分が何をしたいか」よりも、「来てくれる人たちが今どんな曲を聴きたいか」をいつも以上に考えています。あれもこれも詰め込みたい気持ちはあるけれど、それよりも、ライブっていいなあ、楽しいなあ、愛しいなあ、また来たいなあとお客さんに思ってもらうためにはどうしたらいいか。聴いてくれる人のことを考えながらセットリストを組むのは、とても幸せな時間です。残りの公演も、そんな手作りのお弁当を届けるような気持ちでステージに立ちます。ファイナルは10月21日の東京ですが、すでに終わってほしくない気持ちでいっぱいです。残り少なくなってくると急に寂しくなってくる感じも、なんだかライブってお弁当に似ていますね。
さて、こんな話を書いている時点でもう私の答えは言ってしまっているも同然なのですが、前回はみなさんにこんな質問をさせていただきました。
今月の質問:「〇〇の秋、と聞いて思い浮かべるものは何ですか?」
読書の秋、スポーツの秋、芸術の秋など、秋といえばと聞かれて思い浮かべるものはたくさんありますよね。もちろん私は、食欲の秋です。言ってしまえば一年中そうっちゃそうなのですが、今年はツアーを回っていることもあり、普段食べられない各地のお弁当や差し入れをいただく機会も多いので、特にそう感じています。みなさんはどうだろうと思ったのですが……なんと驚くことに、いただいた回答すべてが「食欲の秋」という結果になりました。 いやあ、やはり類は友を呼ぶんですね。中にはちょっとトリッキーなこんな回答もありましたよ。
お名前:たらこ
回答:公園のベンチで本を読むのにちょうどいい気候の読書の秋!
と見せかけてメインはピクニック気分で持ち込んだパンをほおばる食欲の秋です(笑)
一行目を見た時は、「おお、読書派ついに現る!」と思ったのですが、二行目を読んで思わず笑ってしまいました。それと同時に、うんうんと頷いてしまいました。
私もたらこさんと同じこと、よくやります。一人で散歩に行くときは大体お昼過ぎに、文庫本とスマホと財布だけ持って家を出ます。少し遠くにある景色のいい公園で本でも読もうと思いながら向かうのですが、途中にお気に入りのパン屋さんがあるんですよ。そこのレーズンパンがまあとんでもなく美味しいんですけど、その時間には大抵売り切れ。でも運がいいと、13時とか14時くらいに追加された焼き立てに出会えることがあって。その時はもう大歓喜、心の中でガッツポーズ、駅の改札を通り抜けるかのように迷いもせず即レジへG Oでございます。で、焼き立てで食べたいから結局目の前の適当な公園ですぐに食べるっていう。それでも一応本は読んでおこうと、パンを食べながら開いたりもしたのですが、まあダメでした。食べることにも本を読むことにも集中できず、口の中を軽くやけどして終わりましたね。
だからそれ以来私は、食べるときは食べることに集中すると決めました。そのあと消化を促しがてら目的の公園まで散歩して、そこのベンチでゆっくり本を読むのが好きです。秋は暑くもなく寒くもなくちょうどいい気候ですし、日が落ちるのもだんだん早くなってきて、時計を見なくても大体の時間がわかります。空の色がオレンジがかってきたら「そろそろ帰ろうかな」と本を閉じて、帰り道で夕焼けを眺めて。そしてまた歩きながら思うのは、「今日の晩ごはん何にしようかな」ということです。やっぱり食欲の秋、ですね(笑)
とはいえたらこさんのようにこの連載を見てくださっている方々は、きっと食事と同じくらい本が好きな方も多いはずです。そこで今回は、食にまつわる文章といえばこの人、と私が思うこの方の本をご紹介します。向田邦子「海苔と卵と朝めし 食いしん坊エッセイ傑作選」です。
『海苔と卵と朝めし 食いしん坊エッセイ傑作選』
向田邦子/著
テレビドラマの脚本家であり、小説家であり、エッセイストでもある向田邦子さんは、大の食好きとしても有名でした。今は惜しくも暖簾をたたまれてしまいましたが、妹の和子さんと共に営んでいた小料理屋「ままや」は、多くの人に親しまれ、向田さんが亡くなったあとも、彼女の愛した味を伝え続けていました。
この本はタイトル通り、そんな向田さんの食にまつわる傑作エッセイ29篇と、テレビドラマでの小林亜星さん演じる貫太郎の、食卓での“ちゃぶ台返し”も印象的な「寺内貫太郎一家」の小説一篇が収録されています。向田さんの食にまつわる様々な文章からは、時代の空気感やそこに登場する人々の関係性、人柄までもが伝わってきます。
本書にも収録されている『七色とんがらし』は、向田さんの母方の祖父にまつわるエッセイです。自分専用のとんがらしの容れ物を持っていて、おみおつけの腕が真っ赤になるまでかけていた祖父は、そのことで祖母とぶつかり小言を言われれば言われるほど、更にとんがらしを振りかけていたそうです。そんな様子を振り返りながら、向田さんはこのように綴っています。
下戸で盃いっぱいでフラフラする祖父にとって、とんがらしは、酒だったのではないか。
(中略)
腹を立て、ヤケ酒をのみ、女房と争う代わりに、戦争をのろい、政治家の悪口をいう代わりに、鼻を赤くして大汗をかいて真っ赤なおみおつけをのみ下していたのだ。
結局、祖父は、ひとことの愚痴も言わず、老衰で死んだのだが、初七日が終り、やっとうちうちだけで夜の食事をした時、祖母は、長火鉢の抽斗から、祖父のとんがらしを出した。
「こんなに急に死ぬんなら、文句いわないで、とんがらしをおなかいっぱい、かけさしてやりゃよかったよ」
陽気な人だったから、こう言って大笑いをした。笑っている目から大粒の涙がこぼれていた。
愚痴の代わりに黙ってとんがらしを振ったおみおつけをすすっていた職人かたぎの祖父と、気がよく快活で少し口うるさい祖母。「そんなにかけたら、体に毒だよ」とあんなに言っていた憎きとんがらしを見て、その祖母が流した涙。互いに言葉にしなかった部分の深い慈しみが、とんがらしという一つの食べ物を通してじわりじわりと伝わってきます。
そんな向田さんの食好きの原点は、家での食事。『「ままや」繁昌記』の中でも、このように綴られています。
生れ育ったのが食卓だけは賑やかなうちだったこともあり、店屋ものや一汁一菜では気持までさびしくなってしまう。かといって、仕事の合間に三品四品おかずを整えるのは、毎日となるとかなりのエネルギーが要る。
吟味されたご飯。煮魚と焼魚。季節のお惣菜。出来たら、精進揚の煮つけや、ほんのひと口、ライスカレーなんぞが食べられたら、もっといい。
そんな思いから始まったのが、「ままや」だったのです。
エッセイはもちろん、「寺内貫太郎一家」をはじめ、その他の向田さんの作品にも、食をめぐるシーンは必ずと言っていいほど登場します。「眠り人形」で真佐子がメロンを、三輪子が水羊羹を出すシーンでは二人の暮らしぶりが、「阿修羅のごとく」でのお寿司をめぐる何気ない会話からは、家族それぞれの性格が見てとれます。わざわざ言葉で説明しなくても、食事中や食にまつわる人々の営みを緻密に観察し描き出して行けば、それだけでも豊かな物語になり、透けて見えてくるそれぞれの美学や価値観がある。向田さんの文章を読んでいると、私たちの日々の何気ない食事にも何らかの意味があることをあらためて気付かされます。
食は、自分自身にとっても、人と人との関係性を作りあげる上でも、とても大切なものです。人間が食事を作り、その食事がまた誰かの人生を作る。切っても切り離せない存在です。だからいいんです。食欲の秋派のみなさん、秋という大義名分に大いに甘えながら、今年も食べたいものいっぱい食べましょう。お腹を満たして心が満たされたら、その時に本でも読みましょう。今回ご紹介した一冊も、ぜひ読んでみてくださいね。
ちなみに向田邦子さんの本は、こういった傑作選も素晴らしいですが、それぞれが収録されているオリジナルの本が、流れも含めて本当に面白いので、まだ読んだことがない方はぜひ読んでみてほしいです。ベストアルバムを聴いて気になる曲があったら、その曲が収録されているオリジナルアルバムを聴いてみてね、という感じですかね。読書の秋にもぴったりだと思いますよ。
この連載の感想や私への質問は、
#本がすき
#一冊読んでく
のハッシュタグをつけて、ツイッターでつぶやいていただけたら嬉しいです。あっという間に10月ですが、夏のように暑い日があったり、急に肌寒い日があったり大変ですね。衣替えの時期を見失いそうな気配がぷんぷんしておりますが、風邪はひきたくないので、寝巻きだけは早々に長袖に変えました。みなさんもうっかりお腹を出して寝たりしないように、気をつけてくださいね。
そして今月も私からの質問です。10月といえば、学生さんは文化祭の時期。文化祭の準備期間で付き合いだすカップル、たくさんいたなあ。みなさんのメッセージやエピソード、お待ちしております!
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