akane
2019/05/01
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マーティン・ファクラー『「本当のこと」を伝えない日本の新聞』(双葉新書)2012年
連載第16回で紹介した『悪意の心理学』に続けて読んでいただきたいのが、『「本当のこと」を伝えない日本の新聞』である。本書をご覧になれば、なぜ「新聞は権力者の代弁ばかり」を繰り返すのか、日本の「記者クラブ」がどれほど世界で類を見ない珍妙な制度なのか、日本のジャーナリズムとメディアには何が本質的に欠けているか、明らかになってくるだろう。
著者のマーティン・ファクラー氏は、1966年生まれ。ダートマス大学卒業後、東京大学大学院経済学研究科修士課程修了。イリノイ大学大学院ジャーナリズム研究科修士課程修了、カリフォルニア大学バークレー校大学院歴史学研究科博士課程修了。ブルームバーグ・AP通信社・「ウォールストリート・ジャーナル」記者を経て、「ニューヨーク・タイムズ」東京支局長を務めた。現在はフリー・ジャーナリスト。『安倍政権にひれ伏す日本のメディア』(双葉社)や『世界が認めた「普通でない国」日本』(祥伝社新書)などの著書がある。
ファクラー氏の日本滞在歴は20年以上に及び、日本語で取材を続けている。2011年3月11日の「東日本大震災」直後から被災地を取材し、アメリカ空軍の「トモダチ作戦」に随行、東京電力福島第一原子力発電所の爆発事故を巡る当局の隠蔽や利権構造などについて調査報道を続けた。2012年には「地震後、日本政府が隠蔽した一連の深刻な失敗を力強く調査したこと」が評価され、「ピューリツァ賞」のファイナリストにノミネートされた(結果は次点)。
2011年3月24日、福島県南相馬市の桜井勝延市長が、ユーチューブにSOS映像を投稿した。「約2万5千人の市民がまだ南相馬市内に残っている。コンビニやスーパー、食料品店や金融機関は閉まったままで、物資の調達が難しい状況にある。ガソリンが不足しているため、物資を運ぼうにも市外に退去しようにも移動手段がない。被爆を恐れた外部の業者は、南相馬市への物資移送を拒否している」と、11分間にわたって窮状を訴えた。
ファクラー氏は、凄まじい地震と津波の被害に遭遇した地域を迂回しながら、孤立した南相馬市に辿り着いた。市役所に着くと、職員が大歓迎し、桜井市長が自ら出迎えてくれた。驚いたことに、「記者クラブ」の記者は、被爆の恐怖から全員が避難していた。桜井市長は「日本のジャーナリズムは全然駄目ですよ。彼らはみんな逃げてしまった!」と激怒したという。
ファクラー氏が南相馬市を取材した記事は、「ニューヨーク・タイムズ」4月7日号の一面に掲載された。桜井市長のユーチューブ映像には英語字幕が加えられ、一挙に100万回再生を超えた。個人発信のユーチューブ映像が海外メディアに最初に取り上げられ、それを日本の「記者クラブ」のジャーナリズムが後追い報道するという情けない事態に陥ったわけである。
現在、日本には約800の「記者クラブ」がある。国会や省庁、政党や業界団体、警察や裁判所など、全国各地の団体内部に設置されている。これらの「記者クラブ」の大多数は、専用の「詰所」を取材対象側から無償で割り当てられ、当局からプレスリリースのような情報を独占的に貰っている。主要メディアが同じようなニュースを流すのは、「記者クラブ」で当局から同じ情報を得ているためだ。「記者クラブ」に所属しない海外記者やフリー・ジャーナリストは、情報を与えられず、記者会見への出席や質問することなども制限されている。
そもそもイギリスの圧政と植民地支配下にあったアメリカは、8年間の独立戦争を経て、ようやく1783年に独立できた。その影響から、合衆国の国民は、政府や権力者に対して根強い不信感を持ち続けているという。つまり、アメリカのジャーナリズムには、権力に対する「watch dog(番犬)」という共通認識があり、常に取材対象を監視しているわけである。
一方、日本に「記者クラブ」が誕生したのは1890年である。明治政府は「富国強兵」の大号令をかけ、「記者クラブ」は政府と一体になって、帝国議会のエリートが何を考えているのか、わかりやすく国民に説明した。現在のテレビにも、まるで首相の代弁者のようなコメンテーターが登場する。ジャーナリストが、取材対象の政治家や官僚や社長と仲良く会食する。いわば「権力の犬」であることが、明治以来の伝統的な日本のジャーナリズムの姿なのである。
記者クラブメディアの本当の被害者は、私たち海外メディアの記者ではない。日本の雑誌・ネットメディア、フリーランスの記者たちは自由な取材を阻害されている。大手メディアの若い記者は、ジャーナリズムへの志があってもやりたい取材ができない。だが、一番の被害者は、日本の民主主義そのものだ。「権力の監視」という本来の役割を果たしていない記者クラブメディアは、権力への正しい批判ができていない(PP.220-221)
どうすれば「記者クラブ」の閉鎖性を打破できるか、日本のジャーナリズムはどうすれば生き残れるのかを理解するために、『「本当のこと」を伝えない日本の新聞』は必読である!
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