フェイクニュースやポスト真実にいかに対抗するか?『情報戦争を生き抜く』が示す対処療法は、歴史的に見ても説得的だ

辻田真佐憲 作家・近現代史研究者

『情報戦争を生き抜く 武器としてのメディアリテラシー』 朝日新聞出版
津田大介/著

 

情報戦争。懐かしい響きのする言葉だ。かつて帝国日本は、思想戦や宣伝戦などの名前で、国家間のプロパガンダ戦争に取り組んでいた。それはまさに情報の戦争だった。日中戦争やアジア太平洋戦争下の、今日から見ればいささか滑稽にも思えるポスターやスローガンの数々も、こうした動きのなかで生み出されたものにほかならなかった。

 

今日でも、フェイクニュースなどに関して、国家単位の謀略(ロシアの世論工作など)を殊更に強調し、警戒する向きもある。「『情報戦争』を生き抜くための兵法書」をうたう本書も、同じ方向性かと思い手にとった。だが、読み進めるうちに違和感を覚えた。これは、本当に「戦争」なのだろうか?

 

本書で紹介される情報戦争の当事者は、さまざまである。大きな影響力を持つわりに十分な社会的責任を果たさない、フェイスブックやツイッターなどのプラットフォーム事業者。その一方で、ネットへの対応に四苦八苦して、影響力を失いつつあるオールド・メディア。その間隙を縫って、感情的・差別的な情報を発信して、収益をあげようとする世論工作企業やまとめサイト。そして義憤に駆られて、日々「敵」叩きに奔走する一部のネットユーザーたち――。

 

フェイクニュースやポスト真実は、こうした当事者たちの動きがたまたま噛み合い、負の連鎖を引き起こすことで、大量に生み出され、ますます先鋭化・効率化している。世論工作に精を出す国家は、重要な当事者ではあるものの、かならずしもすべての原因ではないし、司令塔でもない。きわめて慎重な筆致の本書をあえて深読みすれば、そんな実態が浮かび上がってくる。したがってそれは、大時代的な「戦争」というよりも、(アニメ『攻殻機動隊』の用語を借りて)「スタンド・アローン・コンプレックス」と呼んだほうが適切かもしれない。

 

著者も認めているとおり、本書で示されるフェイクニュースやポスト真実への対抗策――(1)「技術」で解決する、(2)「経済制裁」で解決する、(3)発信者情報開示請求の改善で解決する、(4)「報道」で解決する――は、対処療法にすぎない。それは、世界規模で陰謀の糸を張り巡らせる権威主義国家を主敵と見立てた場合、いささか心もとない。

 

だがもし問題が、個々の悪意や不作為、営利活動などの負の連鎖によって肥大化しているのだとすれば、そのひとつずつを脱臼させ、麻痺させるだけでも、実はそれなりの効果が見込めるのではないだろうか。

 

振り返れば、国家の世論工作は派手なわりにその効果に疑問符がつきまとってきた。「コミンテルンの陰謀」や「GHQの洗脳工作」のたぐいは、なかなか成り立たないのだ。現在進行系の問題に断定は憚られるけれども、そのような歴史を知る者としては、本書の示す慎重な現状認識と実践的な対処療法がむしろ説得的に思えるのである。

 


『情報戦争を生き抜く 武器としてのメディアリテラシー』 朝日新聞出版
津田大介/著

この記事を書いた人

辻田真佐憲

-tsujita-masanori-

作家・近現代史研究者

1984 年大阪府生まれ。慶應義塾大学文学部卒業、同大学院文学研究科中退。2012年より文筆専業となり、政治と文化芸術の関係を中心に、広く執筆活動を続けている。単著に『文部省の研究』(文春新書)、『大本営発表』『ふしぎな君が代』『日本の軍歌』(以上、幻冬舎新書)、『たのしいプロパガンダ』(イースト新書Q)、『愛国とレコード』(えにし書房)などがある。また監修に『日本の軍歌アーカイブス』(ビクターエンタテインメント)、『出征兵士を送る歌 これが軍歌だ! 』(キングレコード)、『満洲帝国ビジュアル大全』(洋泉社)などがある。

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