akane
2020/02/20
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2020/02/20
『完全自殺マニュアル』という本がある。
不穏な書名だが、ダークウェブに転がるサイトや同人誌ではない。ちゃんと商業流通に乗っている書籍である。ぼくが大学に入った年に初版だから、1993年のことだ。
たしか100万部を売り上げたベストセラーになって、今でも廃刊にはなっていないはずである。
今だと、眉をひそめられたり(当時でもそうか)、炎上の燃料になったりしそうな内容だ。ぼくは他の人と比べて生きるのが上手でない自覚があったので、なんだか人生に息苦しさを感じていたけれども、この本に出会えたのはよかった。そうか、この手もあるなと、とても楽になった気がした。
とはいえ、ぼくはあんまり自殺に興味はなかった。痛そうだし、苦しそうだ。ぼくは純度100%のへたれなので、痛いのはいやなのだ。ぼくが、『シャーロック・ホームズの帰還』と同じくらい愛読したのは、この著者の二冊目のマニュアル、『人格改造マニュアル』である。
ぼくは体の弱い子どもだったので、薬は友だちよりも親しい存在だった(嫌な友だちである)。だから、物心ついたときから、薬に嫌悪感や忌避感はなく、「生きるのを楽にしてくれる、大事なパートナー」という意識があった。
でも、そのときの認識はあくまで「病気など、体が標準状態よりもマイナスの状態に陥ったときに、ニュートラルな状態に戻す道具」だった。
ところが、大学の授業でネグレクトをする母猿に、ある薬を投与すると(いまにして思えば、あれはオキシトシンだろう)急に母乳を与えたり、世話をしたりし始めるのだ、という番組を見せてもらって認識を新たにした。病気でない、気質のようなものも、薬で上書きできる可能性があるのか?
そう思っていたところへ出版されたのが、『人格改造マニュアル』である。この本はいくつかのテーマを取り扱っているが、向精神薬の分類と効果、取得難易度、どの医療機関に行ってどんな口上を述べれば、狙った薬を処方してもらえるかに多くの紙幅が割かれていた。
もちろん、この稿は薬物の取得と服用をすすめているわけではまったくない。薬の服用は薬効と同時に必ずリスクを伴うものだし、特に向精神薬の場合は薬効の個人差も大きいと思う。医師の質問に対してうそをついてもいけない。ただ、実感として、これで人生が楽になる人も確かにいるな、と思うだけである。
で、長い前振りだったがオキシトシンである。
オキシトシンは不安の除去や、信頼性、積極性の獲得に関連するホルモンと言われている。ぼくが大学の授業で見せてもらったのは1990年代だが、自閉症の症状が緩和されるのでは? と2010年前後に言われ始めた。
ぼくの子が自閉症の診断を受けたのが2011年くらいなので、不安のピークの頃である。これは調べなくては、と思っていろいろした。で、思うのだが(素人の個人の感想です)、確かにちょっと効くのかなあという事例もあるのだが、まったく変化がないなあという事例のほうが多く、かつ「効いた」と感じた人の一定割合はプラセボ効果ではないだろうか。少なくとも、藁にもすがる思いの人がつい期待してしまう、劇的な効果はないと思う。
もちろん、オキシトシンの効果を否定しているわけではない。専門家のチームが大規模かつ精密な臨床試験を行った上で、いくつかの指標が改善したとしているのであるから。素人の寝言とは比較にならない価値がある。
ただ、万人に著効するものでもなさそうだ、という話である。完全に素人の妄言だが、オキシトシンの血中濃度の上昇は、自閉症に欠けている何らかの要素を励起するのだろう。でも、自閉症の原因は多岐に渡るので、1つの要素をどうこうしたからとって症状の全体像が寛解するものではないのだろう。オキシトシンの研究はこれから進むだろうけれど、眼を見張るほどの効能を期待しているとがっかりするかもしれない。
とはいえ、ついつい期待してしまうのが親心というものである。ぼくは研究では貢献できないし、治験があっても自分が診断を下されているわけではないので参加できないだろう。くすり好きだし、いくらでもモニターになるのになあ。
発達障害に関する読者の皆さんのご質問に岡嶋先生がお答えします。
下記よりお送りください。
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