発達障害の子を育てるのって、お金がかかりますか?
岡嶋裕史『大学教授、発達障害の子を育てる』

 

今回はQ&A形式です。

 

Q 発達障害の子を育てるのって、お金がかかりますか?

 

A ピンキリです。

 

公教育と公的助成と親類縁者のネットワークを最大限に活用すれば、定型発達のお子さんと同等の費用で育てることも可能でしょう。

 

一方で、これらの教育資源でできることは(最近よくなってきているとはいえ)やはり限界があり、自分の子のために何かもうちょっとしたい、と思うとかかる費用は青天井になります。

 

プレスクールから幼稚園、小学校、課外活動、送り迎え、小旅行まで、ありとあらゆるものに費用が乗っかってきます。障害のある子を受け入れてくれる私教育のシステムは概ね高額です。

 

私立学校は公教育に分類されますが、障害者受け入れや共生教育を謳う学校の障害者向け学費はやはり高いです。公立学校に進学したとしても、シャドー(補助者)を入れるのであれば、その費用を負担しなければならないこともあります。

 

落ち着いていられなかったり、知覚過敏のある子のためには、移動手段として車が必須になるかもしれません。

 

私自身は、以前に車のレースをやっていたこともあり、ついつい車をぶつけがちなので、サーキット以外では車を運転しませんが、電車での長距離移動には個室が必要になったりして、費用負担を強いられます。

 

学校外での療育は、そのお子さんのツボにはまると劇的な効果を現すことがあるので、ついついやめられなくなりますが、効果の大きさと投じる時間は線形になるので、長時間療育すなわち高額の療育になります。

 

ぼくも含めて、多くのご家庭ではそんな費用負担には耐えられないと考えられるので、そこを人的資本で賄うか、諦めることになります。最新の教育理論や教育パッケージではないなあと思いつつも、費用のかからない学校の支援級で学ばせ、送り迎えはケアサービスなどは使わずに仕事を抜け出して処理する、習い事は親が教える、電車の中で泣いてしまっても、面の皮を厚くすることで対応する、などです。

 

専門の人にやっていただくように上手にはできませんし、周囲に迷惑をかけることもあります。また、何よりも自分自身が身体的にも精神的にも疲弊します。このとき頼りになるのは人間関係のネットワークです。どんなに追い込まれた状況でも、話し相手が1人いるだけで状況は改善します。親戚でも友だちでも出会い系でも、話し相手を確保しておいた方がいいでしょう。ぼくは、人が居ない方が確実にリラックスできる性質なので、ライトノベルとエア友だちで対処しています。

 

こういう厳しい状況を書くと、障害児教育に理解のある米国はいいなあ、という意見も出てきますが、個人的には「それはどうかなあ」と考えています。米国の権利は、教育にしろ、医療にしろ、介護にしろ「勝ち取るもの」なので、よく成功事例として喧伝されるものは長い裁判の果てに獲得した補助金や入学や入社だったりします。

 

だから、障害児教育のよい環境を求めて米国に行く、といった対処法はおすすめしません。それだけの資金的、時間的リソースを割けるなら、日本でも同様によい教育を受けることは可能です。長期戦になるので、肩に力を入れすぎない方がよいと思います。

 

Q ABAって効きますか?

 

A 応用行動分析(Applied Behavior Analysis)ですね。障害のある子は個性のばらつきが強いので、一般化するのは危険ですが、効く子にはすごく効くと思います。障害児向けの教育手法のなかで唯一科学的なエビデンス(証拠)があると「言われている」教育手法です。

 

ある入力に対して、どのような出力をするかで、その子の振る舞いに干渉していくことが、基本的な考え方になっています。

 

入力(人前で踊り出した) → 出力(なにもしない:報酬なし)
入力(椅子にきちんとすわれた) → 出力(ほめる、お菓子をあげる:報酬あり)

 

実際にはもっと複雑な理論と方法論が組み上げられています。上記はかなり雑な例だと思ってください。実はこの方法はAIの強化学習にとてもよく似ています。たとえば、将棋に利用するAIであれば、

 

入力(ある手を指した) → 出力(負けた:報酬なし)
入力(ある手を指した) → 出力(勝った:報酬あり)

 

報酬が与えられた方の手を、また指すように学習していくことで強くなっていきます。自分のケースで言うと、かなり劇的に効いたのですが、あくまで1事例であるため他の人にもおすすめできるほど知見があるわけではありません。また、成長が加速するだけで、結局到達点はその子がもともと持っていたポテンシャルで打ち止めだという指摘もあります。

 

いずれにしろ、障害を持つ子の成長期は、わらにもすがる思いで色々試したくなるので、ABAを通過していく親御さんも多いかと思います。ただし、ABAはその手法の性質上、1体1か極少人数での教室設定、環境設定にならざるを得ません。S/T比(教員1人あたり学生数)が低いということは、教育単価が高いということです。

 

ここで問題なのは、ABAはかなり効くという事実です。最初は「月××円までしかかけない」と決めていても、効果があればもっと受けさせたくなるのが人情です。しかし、その結果、一財産失うことがないように注意してください。

 

特に配偶者のどちらかだけが療育に熱心で、お金に糸目をつけない覚悟を決めているケースでは、家庭不和の原因にすらなります。お子さんの健康と将来は家庭にとっての最重要事項ではありますが、そこに全財産をオールインするのは私が専門とする情報セキュリティの観点からもリスクの高い行為です。

大学の先生、発達障害の子を育てる

岡嶋裕史(おかじまゆうし)

1972年東京都生まれ。中央大学大学院総合政策研究科博士後期課程修了。博士(総合政策)。富士総合研究所勤務、関東学院大学准教授・情報科学センター所長を経て、現在、中央大学国際情報学部教授、学部長補佐。『ジオン軍の失敗』(アフタヌーン新書)、『ポスト・モバイル』(新潮新書)、『ハッカーの手口』(PHP新書)、『数式を使わないデータマイニング入門』『アップル、グーグル、マイクロソフト』『個人情報ダダ漏れです!』(以上、光文社新書)など著書多数。
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