どうか「今」を楽しんでください。
岡嶋裕史『大学教授、発達障害の子を育てる』

BW_machida

2020/07/02

 

 1年半ほど続けさせていただいた連載も、今回が最終回となりました。

 

 ぼくは物事をコンスタントに続けるのが苦手です。本を書くのは大好きな仕事ですが、お話をいただくと、書き上げてしまうまでなんだか落ち着きません。編集の方がせっかく気を遣って、「3ヶ月間の執筆時間をとりました!」とか言ってくださるのに、最初の2週間でまとめて書いてしまったりします。

 

 数日間の徹夜や半徹は苦になりませんが、「毎日」「安定して」「1時間ずつ」「こつこつと」仕事をしましょう、というのができないのです。どかんと苦しんで、どかんとゲームで遊びたいです。

 

 学校に通っていた頃は、夏休みの宿題を初日にやってしまうか、最終日までとっておく生徒でした。たいていは初日からの数日で終わらせてしまった気がします。この特性のお陰で何かを忘れたり、遅れたりして怒られることは少ない人生でしたが、教員の意図や望むべき人格形成からは遠く外れていたことと思います。

 

 そんな自分が文章を、毎週、定期的に書くなんて、無理なのではないかと思っていましたが、1年半も続けられたのはひとえに温かく見守ってくださった読者の皆様のおかげです。厚く御礼申し上げます。

 

 書き始めて驚いたのが、子育ての細かいエピソードを意外に忘れていることでした。見たものを大概忘れない特性に甘えて、高校にも行かずに大学へ進学しましたが、歳をとって記憶力は順調に衰えています。

 

 障害のある子を授かって、すごく不安に思ったことや、割と頻繁に遭遇したいやなこと、なんだろう、例えば本来味方だと思って良さそうな医療や福祉、行政の人の中にも、にこにこ応対はしてくれつつも、実はその施設に入れないようにちゃくちゃくと外堀が埋められていたりとか、タクシーに乗車を拒否されたりとか、逆に発作を起こしてこちらは青くなって病院に駆けつけようとしているのに明らかに迂回ルートでメーター稼ぎをされたりとか、障害をもっているのは子どもなんだけれども親にも赤ちゃん言葉で応対されたりとか、定型発達の子は騒いでいてもあんまり注意されないけれども、障害のある子が少しうるさくするとひどく叱られたりとか。

 

 そういう一つ一つは大したことがないし、何なら杞憂にすぎない、でも確実にメンタルを削り取っていくようなことごとを、割と忘れ去っていたり、いい思い出に美化していたりしました。

 

 直面しているときは、超えられないハードルのように感じていたエピソードが、あんなに鮮烈だった苦悩や痛みが、後から振り返ると輪郭のほどけた曖昧な記憶になっています。

 

 なーんだ、と思いました。

 

 こんなことなら、あんなにびくびくしないで、もっとゆっくり子育てを楽しめばよかった。嫌われちゃうかな、とか遠慮しないでたくさんの場所に連れて行ってあげればよかった。などと思います。

 

 この連載を読んでいただいている方のなかにも、今まさに大変な時期を過ごしておられるご家庭があると思います。どうしても、先のことばかり考えたり不安になったりしがちですが、もっと今を楽しんでいいのだと思います。また、世間は自分が思うほど、自分やその子どもに関心がありません。外に出るのが怖くなるときはあるけれど、もっと陽の当たる場所に出て行っていいのだと思います。

 

 お子さんが5歳のときや6歳のときは、その瞬間にしかありません。どうか「今」を楽しんでください。

 

 その頃のことを忘れないように書き留めていたブログも消えちゃったんですよね。連載を始めたらネタ帳にしようと思っていたのですが、あれは痛かった。Yahoo!ブログ、なくなっちゃったんですね、ふだんゲームしかしていないので世の中の動きに疎いんです。

 

 ぼくは自閉スペクトラム症の傾向をけっこうたくさん持っていますし、生活歴からいっても十分その気があると思いますが、診断がつくほどではありません。いっぽう、ぼくの子は満艦飾の診断書持ちです。

 

 さぞかし大変だろうなあ、と思うのですが、本人はとても楽しそうに過ごしています。友だちもたくさんいます。ぼくは友だちがいないので、羨ましいです。

 

 ぼくは子どもの頃から、人の集団の中に入るのは怖いなあ、生きていくのがしんどいなあ、長寿になっちゃったらつらいなあ、などと考えていましたから、それと比べたら人生を満喫しているように思います。

 

 これは障害の特性以前に性格の問題が大きいと思いますが、きっと障害のある子を受け止めてくれる社会の側もとてもとても良くなっているのでしょう。ぼくは、いつも朝がやってくるのが怖い子でしたが、これからの子はそうでないといいなあと思います。

 

 ぼくはふつうであれば、そろそろ子育てから離脱する時期です。実際、定型発達の娘の方は思春期に突入し、もう目も合わせてくれませんし、家族の会話もありません。でも、双子の片割れの息子の方は、そんな気配もなく幼稚園のころのように無邪気に接してくれます。まだまだ子育ての楽しい期間が続きそうで、障害のある子の親の特権かなと思っています。

 

 あ、娘に不満があるわけではありません。娘に蔑んだ目で見てもらえるなんて、ぼくの所属している業界の一部ではご褒美と呼ばれて尊ばれます。

 

 自分は通信分野を専門に勉強していますが、これからは障害のある子との長い付き合いを活かして、情報システムとソーシャルマジョリティの関係なども研究して行ければと考えています。

 

 連載はコミュニケーションだと思いますが、ぼくはコミュニケーションが苦手なので、独り言みたいな連載でした。でも、読んでくださる人がいて、嬉しかったです。長期間に渡ってお付き合いいただき、ありがとうございました。

 

ご愛読ありがとうございました! この連載をまとめた書籍を光文社新書より刊行予定です。ご期待ください。編集部

大学の先生、発達障害の子を育てる

岡嶋裕史(おかじまゆうし)

1972年東京都生まれ。中央大学大学院総合政策研究科博士後期課程修了。博士(総合政策)。富士総合研究所勤務、関東学院大学准教授・情報科学センター所長を経て、現在、中央大学国際情報学部教授、学部長補佐。『ジオン軍の失敗』(アフタヌーン新書)、『ポスト・モバイル』(新潮新書)、『ハッカーの手口』(PHP新書)、『数式を使わないデータマイニング入門』『アップル、グーグル、マイクロソフト』『個人情報ダダ漏れです!』(以上、光文社新書)など著書多数。
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