ryomiyagi
2020/10/09
ryomiyagi
2020/10/09
※前編はこちら
浅草にある寿司令和。ミャンマーからバングラデシュにかけて暮らすラカイン人だけで切り盛りする寿司店だ。
開店は昨年の5月。客の入りはまだまだというとき、寿司を握るニーニーサンが、「カウンターをつくりたい」といいはじめた。店は元喫茶店を改装したから、寿司屋のようなカウンターはない。皆はすぐに合意した。しかし僕は気がかりだった。改装費がさらに200万円以上かかる。加えて、カウンターというのは客とのやりとりが重要なポイント。それを彼らはこなせるのだろうか。
しかし、彼らは強気に改装に走る。
少しずつ客が増えていった。昨年末の忘年会シーズンには、席が空くのを待つ客が出るほどになった。カウンター席にも常連客が座る。
これでもう安心と思った矢先の新型コロナウイルスだった。浅草から人が消えた。仲見世はシャッター通りになってしまった。営業時間は夜8時までに制限され、寿司令和周辺の店も休業する店も増えていった。
しかし、寿司令和は休まなかった。強みはスタッフだった。全員が出資者である。給料が減ることを厭わなかった。ひとりは自らファストフードのアルバイトをみつけ、客が戻るまでそこで働くことになった。皆、店を存続させることを優先した。
たまに店に顔を出すと、少ないながらも、客がいた。訊くと比較的家が近い常連客だという。そんなひとりが声をかけてきた。
「いま4時半。こんな時間に来ても、ここは嫌な顔せず、酒や寿司を出してくれる。もう70歳。毎日家にいると、コロナで気が滅入ってくる。でも、ここへ来ると、なにかほっとするんだよ。不思議だよな。訊くと、皆、ミャンマー人だっていうじゃない。日本人じゃないっていうのに、妙に落ち着くんだよ。楽なんだよ」
たしかにあの頃、日本人の店は新型コロナウイルスに動揺していた。客への応対は一見、変わりはないのだが、どこかが違った。しかし寿司令和のラカイン人は普通だった。平静を装っているというわけではない。ふるまいがどこか落ち着いている。
一度、寿司を握るラシュイに訊いたことがある。
「新型コロナウイルス、怖くない?」
「怖いですよ。でも、日本語がほとんどわからなくて、寿司屋で働きはじめた頃に比べれば、どうってことない」
強がり? ウイルスと言葉がわからないことは別の次元にも思えるのだが、彼のなかでは逆境という意味でつながっているのかもしれない気もした。
トエエモンと僕は持続化給付金をはじめとする公的な援助資金の申請に走り、ウーバーイーツや出前館などの登録を急いだ。彼と一緒にクラウドファンディングに似た支援型のサイトも探した。そのなかから、手数料の安いキッチハイクを選んだ。これは事前に飲食代を払い、コロナ禍が収束したら、それを使って寿司を楽しむという形の援助だった。先に入る売り上げで、コロナ禍を乗り切ろうというアイデアだった。
するとツイッターなどで広めてくれるファンが次々と現れた。事前に支払われた金額は80万円にもなった。トエエモンと一緒に首を傾げた。
「うれしいけど、これってなんだろう……」
そこには寿司の味とか安さとは違う心理が働いている気がした。外国人の店だから助けようという意識とも違う。ツイッターの文面を追いながら、日本人の寿司屋にはないなにかを寿司令和から感じとっている日本人たちに思えた。浅草のグルメグループのサイトで寿司令和が広まっていったときも同じような空気を感じた。
それは、寿司令和に流れているアジアのエーテルのようなものかもしれない。そう気づいたのは最近のことだ。
ニーニーサンの発案のカウンターに座っていた。暑い日だった。彼の板前帽子は、上の部分がメッシュになっていた。どこで買ったのか訊いてみる。
「そのへんで売ってますよ。涼しいかと思ったけど、あまり変わらないね」
そう彼は笑う。ふと、こんな話を寿司屋でできるだろうか……と思った。格式ある寿司屋には縁がないタイプなので、比較は難しいが、有名な寿司屋ほど、なにか寿司話でもしないといけないようなイメージがある。そういう気遣いは、考えてみれば寿司令和にはなにもなかった。
「楽なんだよな」
常連客の老人の言葉を思い出していた。
僕は若い頃からアジアに通った。本を書くという職業柄、アジアの経済や政治にも触れるが、本音はアジアの土を踏むと、引力が弱まったように体が楽になるからだった。日本からの逃亡先のようなエリアである。その空気が寿司令和にはあった。多くの人が寿司令和を支援したのは、そういうことかもしれなかった。
寿司令和は、コロナ禍をなんとかかわす気がする。日本の飲食店はさまざまなアイデアや工夫でこの時代を乗り切ろうとしているが、寿司令和はアジア人の天性に支えられている。それは日本人がいくら努力してもできないことだ。それを彼らや客は薄々気づいている。
だからカウンター?
ニーニーサンはわかっているのかもしれない。
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